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10月 7日



『掴んでみれば小ラッキー』を読んで感じたこと

先日『第1回青年の船の会』の女性メンバーから1冊の本が送られてきました。 曰く「私の友達がこの本を
上梓した。 あなたにも関りがある人の本だから読んであげて。」 それで、ベッドに寝転んでページをめく
っていたら、ハラリ!と紙片が落ちてきました。 「スハ!恋文か?」とときめきながら開いてみたら、何と
これが『感想文』の依頼でした。 残念!                             ・

しかして、厳命下る。 紙片には「読んだら感想文を書いてあげてね。」とありました。 また厄介なことを
言ってきたなぁ。 この女性は九州在住の『第1回青年の船』のメンバーで、私の班とは友班でしたのでとて
も親しくしてきました。 この人をこのページでは『九州のお姉さま』と呼ぶことにします。      ・

そのお姉さまに、「じゃ、私のページにブログの一節として記載し『感想文』にかえてよいか?」と尋ねまし
た。 お姉さまは「うん、いいよ、いいよ。」と気安く答えたけれど、それでも著者に了解をとって頂くよう
にお願いしておきました。 大丈夫かなぁ。                            ・

前置きが長くなりました。 大体『感想文』というようなものは中学生以来書いたことがありませんから、ど
のように書けばいいかと迷っています。 そこで、とても彼女には及びませんが、浅薄な私の経験を通して彼
女の人生にせまれたらと思います。                                ・


 
橋本和美著、文芸社 1,200円

さて送られてきた本のことです。 著者は橋本和美さん、タイトルは『掴んでみれば小ラッキー』という乙女
チックな装丁のご本でした。 このご本は『序文』にあるように、彼女が経験した数々の『ラッキー』をエッ
セーにまとめて、人生の置き土産として残した、いわゆる彼女の『自分史』のようでした。       ・

そのご本の感想文を書くにあたり、先ず私と橋本さんとの『関り』について述べておきます。 彼女とは、少
なくとも私の意識の中では全く面識がありません。 しかし、2人の人生の間には確かに52日間の接点があ
りました。                                           ・

実は彼女も『第1回青年の船』の団員でした。 しかし、総団員数300人、(男性200人、女性100人
)、しかも女性はキャビン、男性は船倉の『蚕だな』暮らしでしたから、『同じ釜の飯を食った』とはいいな
がら女性団員との交流はさほど多くはなかったと思います。                     ・

加えて、男性2班、女性1班の友班は固定されていて、例えば現地の青年たちとの交流や家庭訪問などは友班
単位で行われることが多く、別グループの彼女とはなかなか接点がなかったというのが主な理由です。 その
上、私はよく授業をサボって、1人でデッキのベンチに座って海を眺めていたりしましたので、余計に顔見知
りになるチャンスがなかったかも知れません。                           ・

そういう方のご本ということを知った時、正直「勘弁してくれよ。」という気持ちでした。 漏らせば、この
52日間と帰国後の数年間は私にとってはいわゆる『黒歴史』でした。 従ってその歴史に出来るだけ蓋をし
て生きてきたのに、今になって何でわざわざ瘡蓋をはがさなければならないのか、そう思いました。   ・

独りよがりで、多くの仲間達との交流を通じた学びの機会を逸してしまった。 偏った物事の見方しかできず
従って、今にして思えば貴重な体験から得るものが極めて少なかった。 そもそも、この交流事業に私自身が
しっかりした目的を持っていたか。 期待された事後活動にも、その試金石となりえなかった。 そのような
自責の思いを引きずりながら、仲間との交流も絶って生きてきたのにです。              ・

そういう訳で、彼女のご本を拝読するのはとても気が重かったのですが、『九州のお姉さま』は怖い。 「あ
んた何を言うとるん。 今だって、あんたもちゃんとやっているじゃない。 自信をもちなさいよ。」 「ハ
ッ ハイッ!」                                         ・

さて、彼女のご本に話しを戻しましょう。 冒頭、いきなり度肝を抜かれました。 確かにあの頃『文通』が
はやっていましたし、巷では『歌声喫茶』、ブラウン管ではダークダックスが歌って『ロシア民謡』がブーム
になっていたけれど、だからと言って中学生の女の子が強面のソ連の書記長に手紙を書いて、ロシア民謡のレ
コードをおねだりするだろうか。                                 ・

今時のちょっとハネた女の子ならやるかも知れませんが、例えば私の時代、同級生を見渡してみても「あいつ
ならやるかも知れないなぁ。」という顔は思い浮かびませんでした。 そして、『青年の船』の団員に応募す
るのですが、何事にも興味津々で、前向きにトライする、ちょっと変わったところがある女の子だったようで
す。                                              ・

失礼を顧みず、言葉をかえて言えば『向こう見ず』、取り敢えずやってみる。 失敗もよし、それを引き寄せ
やがて『ラッキー』に変えてしまう、そういう天賦の才をお持ちの方なのかも知れません。 その積み重ねが
このご本に凝縮されています。                                  ・

明治100年記念事業『青年の船』・・全て国費で全国の青年たちを海外(東南アジア、他にアメリカコース
もありましたが、私はあえて東南アジアコースを選んだ)に派遣し視野を広げさせ、後に地域社会に貢献でき
る人材を育てる。 こんなところが事業の目的だったかと思います。                 ・

それ故に、事後活動にも期待がありました。 私は地域での青年活動の実績が評価されてメンバーに選ばれま
した。 ところが、帰国後の活動にその経験を十分に生かすことができなかった、そのことに長い間臍を噛む
思いを引き摺ってきました。 そして仕事で故郷を離れることになって、全ての活動に終止符を打ちました。

一方橋本さんは帰国後『ホームステイ受け入れ事業』に参画され、長い間活動を続けてこられました。 もち
ろん特別な活動でなくても団員としての経験を、その後の人生に生かしてこられた方もおありだと思います。
それはそれで貴重なことですが、こうして事後活動を見える形で続けてこられた彼女の活動と、ここでは触れ
られていないご苦労には頭が下がります。                             ・

お預かりした外国の方には、我が国の生活様式、思考、マナー、また食文化などの経験を通じて、この人達に
日本の本来の姿を理解して頂いてこられたのでしょう。 また『尺八』や『琴』を通じて日本の伝統文化にも
理解を深めていただいたようです。 本当の相互理解はこうした地道な活動の中から生まれてくるものです。

私は10年前から広島や宮島を訪れる外国の方々にボランティアで『ツーリスト・ガイド』をしてきました。
遅まきながら、贖罪を込めた事後活動ということになるでしょうか。 その中で、日本人の特質、例えば『奥
ゆかしさ』『思いやり』『誠実さ』、また『詫び』とか『寂び』という特有の心情を伝えることの難しさを感
じています。 そういう意味で、橋本さんの日常を通じた日本のリアルを伝える活動は尊敬に値します。 そ
してそれらの活動から得た喜びも『ラッキー』の1つなのでしょう。                 ・

脇道にそれますが、こうしたボランティアとともに、彼女とはもう一つ私的な共通点がありました。 ボラン
ティア活動は楽しいことばかりではありません。 まるで『召使い』のように扱われて、嫌な思いをすること
もありました。 橋本さんにもそのような経験がおありのようでした。 そのときお嬢様(当時中学生)がつ
ぶやいた言葉、『どの国の人も、やはり人柄だよね。』 私はこの言葉に打たれました。 そしてこれは反面
教師としてお嬢様に素晴らしい教育の場を与えた『大ラッキー』だったのではないかと思いました。   ・

お嬢様は現在も音楽活動を続けておられるようです。 そのお嬢様がイタリアで音楽の勉強中に入院すること
になったそうで、その救出劇を楽しく読ませていただきました。 救出までの幾多の困難の中にも沢山の『ラ
ッキー』を引き寄せられたようです。 実はその同じ時期に我が娘はウイーンにいて、同じく歌の勉強をして
いました。 その間、橋本さんのように外地で特別困難な経験をしたわけではありませんが、当時の私はドイ
ツ語はもちろんのこと、英語がさっぱりダメでウイーンでは道行くにも苦労したことを思い出しました。 ・

先日『第1回青年の船の会in群馬』を企画し実行しました。 その様子はこのブログの8月25日の項をご
覧になっていただければと思います。 ある時かつての仲間達の優しさに触れ、頑なに交流を避けていた私の
心が緩みました。 それを機に、罪滅ぼしの積りで、どちらかと言えば裏方として会の集まりに関与するよう
になりました。                                         ・

私達の班は東北から九州までの様々の地域のメンバーで構成されていて、橋本さんのグループ同様メンバーの
出身地を尋ねて集いを開催しています。 そして会の企画にあたっては他のグループのメンバーにも参加して
いただけるよう促してきました。 というのは、こういう集まりが他のグループではあまり活発でないと聞い
ていましたので、出来るだけ門戸を開くようにしてきました。                    ・

しかし不明というべきか、橋本さんのグループは長く同窓会を続けられているということを、このご本の中で
初めて知りました。 拝読すると随分活発に継続的に交流を続けられており、むしろ我が班は実は遅れをとっ
ていたのだと知り恥じ入りました。                                ・

橋本さんが担当された『青年の船の会in大分』は何と30人近くの大所帯だったようです。 全国から集ま
ってくるこれほど多くの仲間を統べるとなると、なかなか一筋縄にはいきません。 よく分かります。 その
準備には失敗談もあり、『ラッキー』もあり、その成り行きを楽しく読ませていただきました。 橋本さんは
いつもサポートしてくれる、そういう人間関係にごく自然に恵まれる方のようです。          ・

私の場合、ホテルの予約ミスをホテルの精にし、ついなじってしまい、後になって随分反省しましたが、最終
的に助けてくれたのはホテルのスタッフでした。 私はすっかり落ち込んでしまいましたが、橋本さんならこ
のミスをきっと『ラッキー』に繋げたでしょう。 受け止め方の違い、心の広さの違いかも知れません。 ・

一つ驚いたことがありました。 メンバーの1人が開会を待つ間に1人で山に入り、一時遭難をしてしまいま
した。 その方には過信と判断ミスがあったようですが、そのことはここでは問いません。 ただ、すわ遭難
?という切所に橋本さんが取った沈着冷静な判断と行動には驚嘆しました。 「すぐに警察に連絡し救助を要
請しましょう。」というホテルスタッフの進言を押しとどめて、その方の山の豊富な経験を拠り所に、必ず下
りてくると確信を持ったようでした。                               ・

結果は橋本さんの読み通り無事下山されて事なきをえました。 ただ、『危機管理』を長くやってきた経験か
ら、私は『これは間違えている。』と思いました。 無事下山されたのは結果であって、期待通りに物事が進
まなかった場合はどうするか、私はそこを考えます。 やはり『危機管理』の要諦は『最悪に備えよ』です。
備えて仮にそれが無駄になったとしても、『危機管理』ではそれをベストとします。 『安堵』と『惨禍』の
岐路に立たれていましたね。 読みながらちょっと震えてしまいました。               ・

橋本さんは71歳のときイギリスに語学留学をされました。 私は気が小さいですから見知らぬ土地に行くこ
とを躊躇いますし、人様のお宅で長くお世話になることにも抵抗を感じます。 平凡な私に比べると、随分勇
気のある方だなぁと感心します。 もし私にその勇気があれば、或いは私の人生も今と違ったものになってい
たかも知れません。                                       ・

橋本さんは長くホームステイを受け入れてこられましたので、受け入れには慣れておられるし、受け入れた方
を訪問されてもいますので、そういう経験から『ゆとり』をお持ちだったのでしょう。 英語の勉強に加え、
言葉にこそされていませんが、ホストファミリーを冷静に観察しておられた様子が伺えました。     ・

私は60歳のときに意を決して『英会話』の勉強を始めました。 英語も話せないまま私の人生を終えたくな
い、それに価値あるリタイアメント・ライフを送りたいという思いからでした。 最初は独学で、それから英
会話教室に通い、現在も毎日オンラインレッスンを受けています。                  ・

橋本さんは長い間『語学留学』の夢をお持ちのようでした。 そして今回の『語学留学』を実現したのは、や
はり『リスニング力』の強化のようでした。 私たちの年代の多くには『リスニングに難あり』という人が多
いように思います。 私たちは凄いカタカナ英語で育った年代でしたので、少なくとも私の脳内にはネイティ
ブの発音は宿っていません。                                   ・

ボランティア・ガイドをする中で、母国語が英語でない国の方がたとのコミュニケーションにはさして苦労し
ませんが、ネイティブ・スピーカー、特に米・豪の発音にはいつも苦慮しています。 一度ガイドをしたアメ
リカのご婦人が、「教えてあげる。」と1年ほど毎週オンラインでレッスンをしてくれましたが、とうとう物
には出来ませんでした。                                     ・

ことほど左様に、私たちの年代にとってネイティブの発音をマスターすることは厄介なことですが、橋本さん
の『語学留学』の成果はどうだったでしょうか。 その点についての言及がありませんでしたので、機会があ
ればお聞きしたいと思います。                                  ・

それともう1つ。 橋本さんはウエールズを選択されました。 私の経験では、イングランド英語には比較的
馴染めました。 しかし、スコットランド英語は何を話しているのか、さっぱり理解できませんでした。 こ
のように同じ国の中でも随分発音に違いがあるようですが、ウエールズの発音は如何でしたか。 また何故ウ
エールズを選択されたのか、そこにも興味があります。 あれこれ質問して申し訳ありませんが、機会があれ
ば是非お伺いしたいと思います。                                 ・

最後の共通点は『趣味』の話しです。 私たちの年代に限らず趣味を持つことは人生を豊かにするうえでとて
も大切です。 趣味は人との繋がりを豊かにしてくれますし、行動をアクティブにもしてくれます。 また同
好の士との交わりを通じて知識の幅、深さも広がります。 特にダンシング・ティームのような団体活動は相
互の人間関係をより濃くしてくれるでしょう。                           ・

橋本さんは73歳のときダンシング・ティームに入られました。 沢山の友達ができたでしょう。 拝読する
と『ハジけて』とことん楽しんでおられるようにお見受けします。                  ・

私はクラシックギターを演奏しています。 孫娘が4歳の時習い始めたギターに触発されて習い始めました。
14年もやっていればそれなりに難しい演奏もできそうなものですが、そこは老人の手習い、恥ずかしながら
いまだにビギナーです。                                     ・

クラシックギターとのお付き合いは孤独だなぁと思います。 レッスンは基本的にface to face
ですし、日常的には1人部屋にこもってポロポロとやっているだけです。 もちらんアンサンブルを楽しんで
いる仲間もいますが、私は合同演奏がとても苦手でいつも間違えては皆さんの脚を引っ張っています。  ・

私はこの孤独感が嫌いではありませんが、それでも年2~3回の発表会で教室の仲間と顔を合わせるのはとて
も楽しみです。 そしてお互いに進歩を確かめ合います。 一方橋本さんの周りにはいつも沢山の仲間がおら
れて、ともかく盛り上がっておいでのようにお見受けします。 これが本来の趣味の持ち味なのかも知れませ
んね。 長くお続けになってください。                              ・

さて、ここまで書いてきてこれが『感想文』といえるのかどうか、また拙文を読み返しては恥ずかしさを覚え
ています。 橋本さんは
冒頭でも触れましたがプロローグに『そんな数々の”小ラッキー”をエッセイ集にま
とめて、人生の置き土産として残しておこうと思い付いた。』と書かれています。 しかし、あなたはまだま
だお若い。 これからもずっと長く”小ラッキー”を掴み続け、いつの日かこのご本の『続編』を楽しませて
頂ければと、かつての仲間の1人として活躍をお祈りしています。 その時にはもう少しマシな『感想文』を
書かせていただきたいと思います。                                ・

『追記』この項は著者の了解を得てPOSTしています。                      ・







































11月 4日



今年の『酔芙蓉』もいよいよお終い


今年の『酔芙蓉』は何だかおかしかった。 なかなか蕾が付かず、付き始めてからはふくらみを待たずボロボ
ロと落ちる。 葉っぱの周辺が縁取るように枯れていく。 8月の中ごろに1輪咲いてそれから約1か月半の
お休み。 こんな経験は初めて、やはり暑さの精だったでしょうか。                 ・

10月に入ってからやっとコンスタントに咲き始め、中盤にピークを迎え、月末まで咲き続けましたが、とう
とう花期の終わりを迎えることになりました。 今日は2輪咲いています。 そして残った蕾はとうとう2つ
になってしまいました。                                     ・

 

まぁ、しっかり楽しませて貰いましたが、こうなってくると秋の深まりとともに一抹の淋しさを覚えます。・
致し方ないことです。 最後の花が終ったら大きく切り戻し、お礼肥えもして来年に備えたいと思います。・

ところで暑さと言えば、今年の『金木犀』の開花も随分遅れました。 花の盛りは大体私の田舎の秋祭り(1
2~13日)頃でしたが、その頃にはまだほんの小さな、色づいてもいない蕾がまばらに見えているだけでし
た。 そして甘い香りとともに今がまさに盛りとなっています。 やはり半月はズレたように思います。 ・

少し自然が狂いだしたようです。 いや、顕著になったと言った方がいいかも知れません。 ゆっくりといつ
の間にか消えたものも少なくありません。 幼い頃にふんだんに咲いていた草花がいつの間にか消えてしまっ
たという経験はありませんか?                                  ・

一説によれば、温暖化のピークは今年だと言われています。 来年くらいから太陽の黒点の活動が弱まり、寒
冷化に向かうそうです。 それがいいのかどうか、どうでしょう。 話しが脇道にそれてしまいました。 『
酔芙蓉』の話しをしていたのでした。                               ・












































11月 2日



英会話のレッスン


この写真は私の英会話レッスンの受講履歴(分)です。 これをレッスン回数に引き戻すと3,291回、年
数に換算すると概ね8年になります。 まぁ、よくぞこんなにレッスンを続けたものだと思います。 これだ
け練習すればおおいに実力がついたはずなのですが、取り組みが甘いんでしょうかね。         ・

 


この数字を見て、初対面のインストラクターは大抵「何のために学習しているの?」と問います。 かかった
費用は想像できますし、「その割にその実力か?」と笑っているかも知れません。 それは兎も角、質問に真
面目に答えれば、「英語も話せないまま私の人生を終えたくない。 価値あるリタイアメント・ライフを送り
たい。ボランティア・ガイドを充実させたい。」ということなのですが。               ・

大抵はオチャラケで答えます。 「ある研究によれば、男が美人の隣に1時間座ると、男の寿命は15分延び
るそうだよ。 だから今日は私の寿命は15分延びた。」 何で読んだか、オチャラケで言っていますが、こ
れは科学誌にも載っている真面目な研究だそうです。                        ・

私の場合、もう1つ目的があります。 私は1人暮らしで、しかもあまり人付き合いが上手でありませんから
教室のインストラクターはとてもいい話し相手になります。 1ヶ月約12,000円、トータルの費用は既
に百万円を超えました。 随分無駄使いのようにも思えますが、でもいいんです。 生活の必需品としてもう
少し続けてみようと思っています。                                ・






























10月31日



ニラガン・バボイ

レッスンの終わりに、「このレッスンが終ったらランチを作らなければならないけど、何かお勧めはある?」
と聞きました。 そしたら「あなた、何かフィリピン料理を知っている?」と逆質問されて、「『シニガン』
なら知っている。 寒くなったら時々作る。」と答えました。                    ・

そうしたら「『シニガン』もおいしいけれど、『ニラガン・バボイ』を作ってみたら?」と勧められました。
作り方を聞くと、材料は概ね揃っています。 ただ、「『サバ』というバナナはないなぁ。」というと、「そ
れはサツマイモで代替できる。」と聞いて、それならと早速作ってみることにしました。        ・

『ニラガン・バボイ』、『ニラガン』はタガログ語で『煮込み』、『バボイ』は『豚』で、何のことはない、
フィリピン風『ポトフ』といったところです。                           ・

初めに玉ねぎを炒め、黒コショウを加えて豚をきつね色になるまで炒めます。 それに牛スープか豚スープを
加えて、後はジャガイモ、サツマイモ、最後にキャベツを煮込んで出来上がりです。 ちょっと彩がわるかっ
たので田舎から送ってもらったニラを余熱で煮て完成させました。 味付けはコンソメにしました。   ・


 

それでお味はというと、全く『ポトフ』と変わりなし。 美味しかったですよ。 フィリピンの人はともかく
豚がお好きです。 『ラチョン・バボイ』という料理があります。 子豚の丸焼きで、特別の日にはリッチな
家庭ではこれを作る(買う)そうです。 一般的には『ラチョン・ベリー』といって、『ラチョン・バボイ』
の切り身を(どうやら脂の多いところ)を求めるようです。                     ・

「作ったら次のレッスンで写真を見せて。」と言っていましたので一応写真を撮っておきました。 「アハハ
! こりゃぁ『ニラガン』じゃないな。」と言われるか、認めて貰えるか。 今のところ何を作っても大体『
アハハ』の域を超えていません。                                 ・
























10月27日

『国際音楽祭』とハプニング

『太田川の源流の町から 至高の調べを』。 『あきおおた国際音楽祭』に行ってきました。 安芸大田町、
『三段峡』で有名な島根県との県境の町です。 広島駅からバスに乗って約1時間15分、音楽祭の会場は安
芸大田町戸河内ふれあいセンター 『メープルホール』でした。                   ・

 

廃線となった可部線(あき亀山駅~三段峡駅間)のラス前の駅が『戸河内駅』で、『メープルホール』は旧戸
河内駅の駅舎跡に建てられたと聞きました。 山に囲まれた閑静な町で、隣を太田川の源流がゆったりと流れ
ています。                                           ・

音楽を鑑賞するには理想的なロケーションだと思いますが、1つ疑念があります。 失礼ながら、何故こんな
田舎町で『国際音楽祭』が開かれるのか? しかも記録写真を拝見すると、ウイーンフィルのコンサートマス
ター『シュトイデ』さんはじめ、国際的に超一流の演奏者がこの地で演奏されています。        ・

今回も、能楽師:大倉正之助さん(重要無形文化財総合指定保持者)、ピアノ:加藤洋之さん(令和元年度文
化庁芸術音楽部門『大賞』、バイオリン:水谷 晃さん(東京都響コンサートマスター)、チェロ:横坂 源
さん(出光音楽賞、斎藤秀雄メモリアル基金賞、ホテルオークラ音楽賞受賞)と何方も著名な演奏家の演奏で
した。 久しぶりにいい音色を聴かせていただきました。                      ・

ホールはこじんまりしていて、響きのいい会場でした。 何より素晴らしいと思ったのは、加計高等学校の生
徒さん達がこの音楽会の運営に携わっていることでした。 総合司会、会場設営、会場整理、多くの高校生が
この音楽祭の運営に携わっており、その取り組み・雰囲気を好んでこの地で演奏される演奏家もいらっしゃる
と聞きました。                                         ・

この町で『国際音楽祭』が開かれるようになったのは、世界3大ピアノの1つと言われる『ベヒシュタイン』
が取り持つ縁だったようです。 経緯は知りませんが、この町に1台の中古の『ベヒシュタイン』があり、そ
れがかつて『ベルリンフィル』のホールで使われていたものだったのだそうです。 このピアノが『戸河内ふ
れあいセンター』の開設に伴ってこのホールに寄贈され、それを機に『この町の子供たちに本物の音を聴かせ
て上げたい』と『国際音楽祭』が立ち上がったと聞きました。                    ・

私は『枯れ木2号さん』から「ともかく素晴らしい演奏会です。 是非1度。」と誘っていただいて、今回初
めてこのホールで『ベヒシュタイン』の音色に触れました。 私の耳は音色を聞き分けられるほど立派な機能
を持っていませんが、ともかく、柔らかい、淀みのない心に響く演奏会でした。 『枯れ木2号さん』ありが
とうございました。                                       ・

以下私事です。 前夜に装いの準備をしました。 「会場は山間部でもあるし、もう間冬でもいいだろう。」
と思ってパンツを履いてみました。 そうしてら、あれもこれもお腹周りがパンパンで使い物になりません。
やっと1本履けそうなものを探し出して試してみると、何と丈が長い。 お腹周りに脂肪がついて、本来の腰
がなくなってベルトの位置が下がっています。 仕方がない。 まぁ、これでもいいや。        ・

次にシャツ。 「あれがあったな。」と思ってJ-PRESSのシャツを引っ張り出してみると、長らく洋服
掛けに吊るしていたためか、首筋が黄色くなっていて、こりゃぁダメじゃ、とても着れん。 ジャケットも同
じくあれも駄目、これも駄目。 しかしてチンドン屋のような装いになってしまいました。 バスに乗ったら
『枯れ木2号さん』に見咎められて?しまいました。 「こりゃぁ何としてもまともな一揃いを準備しておか
なければならんなぁ。」と思った次第です。                            ・
















































10月24日



三水会

居酒屋のsogo支店で『三水会』がありました。 前の職場の今年が『喜寿』グループを中心とした懇親会
です。 『諧謔の君』は今回はお休み、『茅渟夢想氏』にはまだお会いできていません。 他にもお休みがあ
って今回のメンバーは6人でした。                                ・

「さぁ始めよう。」と生中ジョッキで乾杯、皆さん喜色満面、とても楽しそうでした。 それから肴を物色し
ながら次第に焼酎に切り替え。 肴は『鯵南蛮』『たこ天』『イカの煮付け』『小エビの唐揚げ』『牛すじ煮
込み』『白肉天』等々、嬉しいですね。 どれもこれも懐かしい味です。               ・


 

「何が懐かしい?」 現役のころ何かあればこの店で飲んだものです。 今日集まった仲間達もほゞご同様で
した。 安月給には優しいお値段でした。 あの頃にはよく『たこ酢』を頼んでいたけど、最近はメニューか
ら外れているのだろうか。 『小いわし』の刺身や天婦羅も見なかったような気がします。 『小いわし』は
時期外れなのかも知れません。 広島県では漁期が定められています。                ・

やはり『話し』が何よりのおかずです。 話しはあっちへ飛んだりこっちへ飛んだり。 総選挙が近づいてい
ますので、そんな話しもありました。 メンバーの1人が選対に関係しているようでした。 岸田前総理の落
選運動の話しは「あれはネットの上だけの話しよ。」とバッサリ!                  ・

同僚達の消息もありました。 あの頃元気の塊のような仲間達に余り嬉しくない話しがありました。 傘寿を
超えたばかりのSさん、Tさん、喜寿グループの2人のSさん、皆さんとても逞しかったのになぁ。 そんな
中、「健康に恵まれこうして1杯やっている私たちこそ感謝しなければならないなぁ。」と誰とはなく。 ・

幹事がいいます。 「来月は他の大きな懇親会があるので『三水会』はやりません。 次の集まりは12月に
します。」とさ。 ちょっとブーイングもありました。 そしてB階まで屯しながら下りていき、それぞれに
別れていきました。 私は本屋さんに寄り道して『通訳案内士』の参考書を買い、パン屋さんで『バゲット』
を買って帰路につきました。                                   ・















































10月23日


ボランティア・ガイドが終わりました


今回はドイツのファミリー、ご夫妻と14歳の少年、7歳の少女のご案内でした。 そのご案内の様子ですが
率直に言って、『召使い』のように扱われたという印象が否めませんでした。 そういうところが髄所に見え
それを私が敏感に感じ取ってしまいました。                            ・

一方私には引き受け手のないガイドをピックアップして引き受け、2日間を無償でご案内する訳ですから、や
はりこういう扱いはアンフェアだと思う訳で、その気持ちのすれ違いが私を不愉快にさせた1つの要因でもあ
りました。                                           ・

『22日』10時前に広島駅で落ち合う約束だったのですが、前夜にいきなり、12時前になると連絡してき
ました。 それまでその積りで準備をしてきたことが端から崩れました。 時間がないのでコインロッカーに
荷物を預けて出発する約束だったのに、先にホテルに荷物を預けるといいだしました。 止むなくホテルまで
ご案内し、荷物を預けてさぁ出発という段になって奥方がタバコを一服吸い始めました。 私は雨の中に佇ん
でそれを待っている。 お構いなしというい態度は、「お前はガイドなんだから暫く待っておれ。」という風
に見えなくもありませんでした。                                 ・

ホテルまでお送りして、「この道をよく覚えておいて下さい。 3つ目の信号を入り2ブロックです。」とい
うと「『Google map』があるから大丈夫。」だとさ。 何ということもない言葉の遣り取りですが
そういう伏線があって、「物の言い方もあるだろう。」と全てが悪循環に陥っていきました。      ・

降りしきる雨の中、そんな気持ちを引き摺りながら『広島城』に案内し、それから『お好み村』に向かいまし
た。 広島駅で沢山の修学旅行を見ましたので、きっと『お好み村』は混雑していると思い『広島城』の案内
を済ませて『お好み村』に入るよう提案しました。                         ・

これは正解でした。 昼時のピークは過ぎていました。 それでも待つこと約10分、やっと席に着くことが
できました。 『お好み焼き』はまぁ楽しんで頂けたようでした。 それから本通りを歩いて『平和公園』・

 

『平和公園』ではタブレットを使って説明します。 そしてかなり残酷な写真も見ていただきます。 それで
なければ被害の実相を理解して頂けないでしょうから。 ところが少女がこの写真や証言絵におびえて、とう
とう『原爆資料館』には入らず終い。 こんなことで今日の案内を終えました。            ・

『23日』当初『お弁当』を買って『弥山』に登るように計画していました。 ところが天気予報は終始『雨
模様』でしたので、直前になってお断りして『弁当』の予約を取り消しました。 そして、もし回復すればお
昼は下ってからレストランで頂くことにしました。                         ・

心配していた天気は、予報に反してほぼ快晴、『弥山』頂上から眺望を楽しんで頂くことができました。 下
って昼食を摂り、満潮を迎えた『厳島神社』に入りました。 『follow me』とはいうものの、益々
単独行動が激しくなり、もはや何の説明もいらなかったみたい。 終いには「もう勝手にせい。」という感じ
で見守る他ありませんでした。 それから『大聖院』『千畳閣』と回って表参道へ。          ・

 

しきりと『もみじ饅頭』に執着していましたので『表参道商店街』にご案内しましたが、ご自分達だけで楽し
んでいました。 勧められてもいつも固辞する(口の中に物が残る感覚が嫌で)ので、それは別に構わないの
ですが、一例として例えばこんな時「あなたもどう?」という一言の思いやりがあれば、終始こんな嫌な思い
をすることはなかったと思います。                                ・

2日間にわたり、恒例となっているphoto spotsで記念写真をお撮りし、メールでお送りしたので
すが、2日ともthanksの一言もありませんでした。 お土産がありました。 袋がくしゃくしゃになっ
たKitKat1袋、ドイツのグジャグジャに崩れた10cm大のクリスマスケーキ(チョコバーのような)
1本、袋の隅でつぶれたグミの小袋2袋、自家製イチゴジャム。 思わず「これですか?」と思いましたが、
はるばるお持ちいただいたものなので、そこは理解して、私はちゃんとお礼をいいましたよ。      ・







































10月20日

期日前投票を済ませておきました

投票日には安芸大田町でコンサートがあります。『太田川の源流の町から至高の調べを』 安芸大田町『メイ
プルホール』が会場です。 早朝広島駅から貸し切りバスで出発し、さて帰りは何時ごろになるのでしょう。
そんなことで手が空いた今日『期日前投票』を済ませておきました。                 ・

広島2区には、自民現、維新新、国民新、共産新が立候補しています。 自民党のだらしなさに端を発した今
回の選挙、でも今回の選挙で金まみれ、政治の私物化、国民不在、理念の欠如、あらゆる悪弊がたまりにたま
った政治に罅が入りそうな、そんな期待を持って投票してきました。                 ・

私は自民党員ではありますが、それでも政策本位で選びました。 投票所を出るとNHKの調査員が「調査に
ご協力頂けませんか?」と近寄ってきました。 「あなたはNHKの局員じゃないから言っても仕方がないけ
ど、真実を報道しないNHKに協力する積りはありませんよ。」と答えました。            ・

そうしたら、逆に打ち解けて暫く雑談をしました。 「NHKは見られないんですか?」 「テレビは全く見
てないよ。 どこも偏向していて真実を伝えていないからね。」 「じゃ、ラジオですか?」 「いや、テレ
ビもラジオも持ってないし、新聞もとっていない。」 「じゃ情報はどのように?」 「もっぱらネットから
だよ。」 「ネットも様々な情報が入り乱れていて、なかなか真実が掴めませんよね。」 「そこを見極める
力は大事だよね。」                                       ・

その見極める力があったかどうか、私はこんなところを判断材料にしました。 ①憲法改正の意思があるか。
②皇統維持に賛成か。 ③過度な移民受け入れに問題意識を持っているか。 ④外国人の国土蚕食に歯止めを
かける意思があるか。 ⑤過度に再エネに傾倒していないか。 ⑥LGBT理解増進法に問題意識を持ってい
るか。 ⑦消費税減税の意思があるか。 ⑧再エネ賦課金を廃止する意思があるか。 全てでなくても、この
中の幾つかに問題意識をもって取り組んでくれるのは誰か。 そんなところです。           ・

このような問題への気付きは、おそらくオールドメディアの情報からだけでは無理だと思います。 新聞やテ
レビは『報道をしない自由』を主張しています。 公共放送のNHKもです。 事実をありのままに伝えるの
がメディアの使命だと思うのですが、自分たちの思想を押し付けてきます。              ・

ただ救いは、先の自民党総裁選にみるように、もう新聞やテレビの情報はネットには及ばない時代に入りつつ
あるということです。 ネット社会では、私たちの年代は『情弱』と揶揄されています。 テレビや新聞を楽
しむのは結構ですが、私たちもネットを活用しオールドメディアに洗脳されることなく、バランスの取れた情
報感覚を持つことが大切だと思いますが如何でしょうか。 少し上から目線になりましたが、そこを乗り越え
ない限りこの国の政治は変わっていかないと思います。 NHKの調査員さんとの雑談を通じてこんなことを
思いました。                                          ・

さて、今週は次のガイドが控えています。 ドイツからご家族がやってきますが、22日・23日はどうやら
天気が悪いようです。 おそらく弥山登山は取りやめになるでしょう。 今日お断りして弁当の予約を取り消
しておきました。                                        ・









































10月16日


ボランティア・ガイドが終わりました


このガイドも『担当者未決定』のリストからピックアップしたものです。 前回のガイドから次のガイドまで
少し日にちが空いていましたので急遽このガイドを引き受けることにしました。 What’sAppの国ナ
ンバーからオーストラリアからお出でになることは分かっておりました。               ・

希望日が16日・17日だったものですから宮島は『弥山登山』を含むフルコース、広島は場合によっては『
広島城』を含む、こちらもフルコースを提案しました。 ところが返ってきたメールには「宮島では弥山もお
寺もスキップしたい。 relaxing scheduleでいきたい。」と返事がありました。   ・

さて、どのように旅程を組みなおそうかと思っていたところに連絡が入り、「私たちは弥山には登りたくない
し、お寺にも行きたくない。 16日の午後にはレンタカーを返しに広島に行かなければならないので、午前
中に宮島だけを案内してほしい。 17日は完全休養に充てる積りだ。」               ・

返信は遅れるし、2度も3度も予定は変更するし、いい加減腹がたってきて「分かりました。 16日の9時
にホテルのロビーで会いましょう。 予めのスケジュールは作りません。」とお伝えしておきました。  ・

メンバーは6人、車で移動と聞きましたので屈強な男が現れるのかと思っていたら、70歳前後のカップル3
組の旅でした。 どこからスタートしたのかは知りませんが、京都府の伊根から姫路、四国を経由して広島で
車を乗り捨てて東京からシドニーに戻るのだそうでした。                      ・

それで疲れ果てて宮島は半日だということのようでした。 ホテルは宮島口、すぐにフェリーで宮島に渡り、
まず町家通りを歩きました。 町家通りの中間辺りを少し山手に登った辺りに旧遊郭が2軒残っています。・
戦後この辺りに進駐軍としてオーストラリア兵が駐留していて、その中にここの娼婦といい仲になり結婚して
本国に連れて帰った人がいるという話しには目が輝いていました。 遊郭にも興味があったようでした。 も
ちろん今はもう遊郭はありませんよ。                               ・

それから『大鳥居』を経由して『厳島神社』の入り口に至り、「拝観料はお1人300円ですよ。」と案内す
ると、何やら集まって相談している風でしたが「我々は宗教的な理由から神社には入らない。」といいます。
すっかり困惑してしまいました。 今まで沢山の観光客を案内してきましたが、本殿で手を合わせるのを躊躇
うことはありましたが、このようなケースは初めてでした。                     ・

ハァ!なるほど、それでお寺にも行きたくないんだと気が付きました。 だとすると、宗教色がなくもないの
ですが『千畳閣』にご案内する他はありません。 「千畳閣はもともと寺院として建てられたもので、現在は
『厳島神社』の施設です。」とお断りしてここにご案内しました。 ここは興味を持って見て頂けました。・

それから『塔の岡』でコーヒーを頂いて、表参道商店街にご案内しました。 すると途端に女性の目が生き生
きとし、あれを物色し、これを物色し、こうなるととても手に負えません。 少し離れたところで迷子になら
ないように監督するばかりでした。                                ・

お昼はまぁまぁ知られたレストランで牡蠣料理を頂くことになりました。 ご婦人が1人、朝ホテルを出る時
から「牡蠣、牡蠣」と騒いでいましたので、『お好み焼き』は諦めてこの店に入ることになりました。 入り
口でメニューを決めて2階に案内され、座って待つまでもなく料理が供されました。 手早く提供できるよう
にいろいろと工夫されているのでしょう。                             ・

配膳が終わると、お1人が指を組み何やら小声でお祈りを始めました。 全員がそれに習いこうべを垂れてお
祈りをしています。 さて私はどうしましょう。 「ご馳走になります。」とは言ったものの、私だけが先に
食べ始める訳にもいかず、何となく指を組んでそれらしくしておりました。              ・


   

それでお味はというと、「あぁ、やっぱり一元さん相手なんだなぁ。」と思いました。 それらしい料理でし
たが、私の舌にはとても馴染みませんでした。 冷凍牡蠣をあらかじめ蒸しておいたものを、2度蒸しして出
したな。 牡蠣飯とは名ばかり、醤油飯の脇に小さな牡蠣を3つほど並べておいて、これを牡蠣飯だっといっ
て食わせるか? この黒い塊のようなものは何だ? まさか牡蠣のオイル漬けではあるまいな。 7品だと言
いながら、僅かなキャベツの千切りも1品なのか?                         ・

それでも回りは何の不満もないらしく、黙々と味わっているようでしたので、これは私の舌の贅沢というもの
かも知れません。 食事の後はまたまたご婦人のショッピング狂い、やっと引き剥がしてフェリーに乗せホテ
ルに送り届けた次第。 とはいえ、結構楽しめたガイドではありました。               ・
























10月14日



ボランティア・ガイドが終わりました

相変わらず『担当者未決定』、つまり誰も引き受け手がないリストの中からやれそうなものをピックアップし
てガイドを引き受けています。 今回はNYからお出でになる方のご依頼であり、しかも1日だけの旅程でし
たので、何故引き合いがなかったのかちょっと不思議でした。                    ・

先様が何を望んでいるかは、多くの場合お引き受けし情報交換が始まって初めてはっきりします。 依頼文に
は「14日の朝に京都から広島に行くので案内をお願いしたい。」としか書いてありませんでした。 そこで
、これはもういつものパターン、先ず宮島に行って『厳島神社』に入り、すぐに広島に引きかえし、『お好み
焼き』でランチ、それから『平和公園』と『原爆資料館』だなと判断し、そのようにスケジューリングして先
様に提案しました。                                       ・

ところが、帰ってきた返事には「私たちはのんびりと旅がしたいんです。 宮島に行けば私たちのペースが乱
れます。」とありました。 これには驚きました。 逆の要望はたまにあります。 「案内は宮島だけにして
欲しい。 広島の怨念には触れたくない。」という要望です。 まぁ、一般的に皆さん宮島の魅力には惹かれ
るだろうと思うのですがね。                                   ・

それで途方に暮れて、「指定の新幹線にお迎えします。 お昼には『お好み焼き』を食べていただきます。・
『平和公園』と『原爆資料館』にはお連れしますが、その他は全てあなたにおまかせし、私はあなたに従いま
す。」と返事を送りました。 そしたら、驚いたことに『ワンダフル!』と帰ってきました。      ・

広島駅にお迎えして謎がとけました。 やってきたのは83歳のご主人と80歳の奥様でした。 しかもご主
人は膝を痛めていて杖のお世話になっており、階段の上り下りが特に厳しいそうでした。 そりゃぁそんなに
動けんわな。 そんなこんなで今日は広島市内だけのご案内になりました。              ・

地図を見ながら相談した結果、まず『縮景園』にご案内し、ゆっくりと景色を楽しんで頂くことにしました。
その他要望があった『本通り商店街』、平和公園内の『モニュメント』などは通常のご案内コースに入ってい
ます。                                             ・

さて、『縮景園』ですが、ご主人は写真マニアで、私の説明はそっちのけで気の趣くままに行動します。 奥
様も似たようなもので、スマートホンを構えて動き回ります。 こんな調子で、結局園内で1時間半ほど遊ん
で頂きました。                                         ・

『お好み焼き』はかなりお気に入りのようでした。 ご主人は年齢の割に大食です。 やはりアメリカ人なの
かな。 といいつつ私も結構食べますがね。 奥様には1枚は多すぎたようでした。 それから『本通り商店
街』を歩いて『平和公園』に入りました。                             ・


 

「何故日本はこんな無謀な戦争を始めたのか?」『原爆ドーム』を見ながらいきなりこんな質問をぶつけられ
ました。 ここでそれを聞くのか? これには参りました。 そこで「あなたはパールハーバーのことをおっ
しゃっているのですか?」と問い返したところ、否定しませんでしたので「あなたはロバーツ委員会の報告書
をご覧になりましたか?」と聞いてみました。 もちろん??でした。                ・

本国から『開戦不可避、要警戒』の警報を再三受けていながら、何故パールハーバーであれほどの被害を受け
たのか、大統領令による実態の調査報告書です。 そこで分かったことは日本を甘く見た現地陸海軍のサボタ
ージュでした。 これを包み隠したのが『奇襲攻撃』というプロパガンダでした。 今もアメリカ人はもちろ
ん、日本人も世界中の多くの人々がそのプロパガンダに洗脳されています。 「・・・・・」      ・

「それでは『イエロー計画』はご存知ですか? アメリカは大戦の40年も前から関係国を交えて対日戦を研
究していました。 そして経済制裁によって日本を追いつめていきました。 計画の内容によれば、パールハ
ーバーもミッドウエイも東京大空襲も原爆投下も全てこの計画に盛り込まれていたそうです。 日本が戦争を
望んでいたという事実はありません。」 「・・・・・・」                     ・

そうしたらご主人から「何故日本人はドイツが好きなんだ?」と聞かれました。 聞き洩らしましたが、ご主
人はユダヤ系なのかも知れません。 そこでこう答えました。 「一般的に言って、日本人の思考は『Hat
e the Sin, not the sinner』です。 広島の多くの市民も今では決してアメリカ
を憎んではいませんよ。」とお答えしました。 或いは「日本は『日独伊3国同盟』を結んでいただろう。・
日本に開戦の意図がなかったとは言えないのではないか?」という意味だっただろうか?        ・

『原爆資料館』を出て帰路についたとき、奥様から「何か質問はありませんか?」と聞かれました。 さて?
そこで「あなた方は『ブルー・ステイトからお見えになりました。 当然ハリス氏をサポートしているんでし
ょうね。」とお尋ねしました。                                  ・

そしたら「私は民主党を支持しているが、主人は共和党支持です。 それで家ではしょっちゅう喧嘩になって
います。 あんなクレージーな男の支持ができるもんですか。」と返ってきました。 するとご主人が参戦し
て「あんなポリシーがない副大統領など支持できるものか。」と結構な言い争いになりました。     ・

これはしまった。 言わずもがなだった。 そう気が付いて何とかとりなし、話題を変えながら広島駅にお送
りし今日のガイドを終えました。                                 ・

































10月12日



うちの孫たちは凄い

今日中学校体育連盟主催の剣道大会がありましたので、さる中学校の会場に観戦にでかけました。 この大会
は廿日市地区の中学校が対象だったようです。 廿日市市の全ての学校に剣道部があるのかどうかは知りませ
んが、全校が参加していれば10校で、まぁそんな所だったろうと思います。             ・

団体戦は1チーム5人の選手で構成されていて、先鋒、次鋒、中堅、副将、主将という並びになります。 孫
娘の学校は女子剣道部員が少ないようで、先鋒、中堅、主将の構成で戦っていました。 相手方はフルメンバ
ーであっても、3対3の勝負になります。 まぁフェアな決まりかな。                ・

孫娘はいつも先鋒を務めているようです。 すごく小柄で、初めのころはただ突っ立っているだけで、「どう
ぞ打ってください。」というような状態でしたが、今回は見違えるように動きがよくなっていました。 最初
の試合でいきなり『抜き胴』で1本取った敏捷さには驚きました。 僅かの間にすっかり腕を上げました。・


 

団体戦はチームとしては余りはかばかしい成績ではなかったようですが、私が会場を離れた後の個人戦では孫
娘は決勝戦を戦ったようです。 このところ常時上位に入っていたようで、今回も期待されたようですが、な
かなか勝たせてもらえない強敵がいるようです。                          ・

今回決勝戦を戦ったことで、呉市での試合に参加できることになったそうです。 となると、次回の試合は広
島県西部の大会になるのでしょうか。 よく頑張った。 なんでもいい、1つ秀でたものを持って、それを長
く続けていればきっといいことがあると思う。                           ・

『ギター弾きの孫娘』の方は、いよいよソリストを目指して再出発する時がきました。 今日はお願いして出
張レッスンをして貰いました。 私はもう次々と難しい曲に挑戦し発表会で失敗するより、耳慣れたいわゆる
名曲数曲をいつでも演奏できるように『持ち歌』作りに転換しようと思っています。          ・

今日はその積りで孫娘にヘンツの『夜想曲』の指導をお願いしました。 「何れは指導にも当たりたいので」
といって快く引き受けてくれました。 今まで苦労していた部分を、運指を含めて適切に指導して貰え、なん
となくうまく弾けそうな予感がしてきました。 サンキュー。                    ・

しかし、細かいところまで、こんなところにまで気を配りながら演奏しているのかと、こんなに成長したのか
と感心しきりでした。 1つ1つの音に対しても、当然のことながら楽譜通りに、また無駄な音を残さないよ
うに演奏していて、それを言うと「それって当然でしょ。」と笑われました。             ・

先のコンクールの総評では、「賞を超えて、もっと上を見据えたレベルである。」と評されたようで、こちら
は今までの修行がいよいよ花開く、そういうステージに差し掛かりつつあるのだと期待が膨らんでいます。・

今日はお礼に『天婦羅うどん』と『茶碗蒸し』をご馳走しました。 孫たちに比べ、何をやっても情けないジ
イジですが、せめて料理くらいはまともに作りたい。 今回の『茶碗蒸し』はどうだったか、孫娘は「美味し
い」と言いながら食べてくれましたけど。                             ・

『バトミントンの孫』は前回の試合で優勝したようです。 初めて優勝して大泣きをしてから、何だか一気に
精神的にも強くなり腕を上げたように見えます。 1度試合を見に行きましたが、エンドラインを狙ったラリ
ーから機を見て駆け引きにでるというような本格的な戦いでした。 驚きました。           ・

ちょっとお楽しみの積りでクラブに入れたところ、これが選手養成の本格的なクラブで、中国で活躍していた
バトミントンの選手がコーチとして指導していると聞きました。 次の試合は来週だといっていました。 結
果を楽しみにしておきましょう。                                 ・

ということでホントになぁ、うちの孫たちはかくの如く頑張っているのに、ジイジときたら全くだらしない。
何年生きてきたのか、あれもこれも中途半端で恥じ入るばかりでござります。             ・






































       

10月10日



『茶碗蒸し』試行錯誤

先日『諧謔の君』から教わった『茶碗蒸し』を作ってみようと思いました。 でも教わったのは『蒸し時間』
だけなので、材料と分量は結局ネットのお世話になりました。 ところが、『茶碗蒸し』で検索すると出てく
るわ、出てくるわ、諸説紛々で収集がつかない。                          ・

具材はまぁ、何でもいいのだろうと思います。 鶏肉が一般的なようですが、アマダイを使う人もいるし、チ
クワを使う人もいる。 果ては『うすい豆』だとか『菜の花』だとか、何だぁかんだぁ。 でも『ゆり根』の
代わりに『サツマイモ』を使うのは『諧謔の君』の独創のようでした。                ・


卵と出汁の比率が肝らしいです。 ですので出汁を増やしてみたり減らしてみたり、今日は試行錯誤の余り3
カップも食ってしまいました。 その3カップはというと、写真のように全て失敗作でした。 具材は多けれ
ばいいというものでもないらしいですね。 味付けも上品とはほど遠かったようです。         ・

 

今まで宴会等の〆に幾度となく『茶碗蒸し』を食ってきたと思います。 でも、「食ったけれども結局味わっ
てはいなかったんだなぁ。」 何事によらず踏み込んでみる探求心が足りない。 こうなったら1度本格的な
『茶碗蒸し』を食ってみるしかないか。                              ・





















10月 4日



前立腺癌・術後経過観察

私は6年前の12月に『滋賀医大病院』で『前立腺癌小線源手術』を受けました。 その後この主治医を追っ
て術後経過観察を受けてきました。 そして今日、もう何回目かになる診察を受けたのですが、その間いろい
ろとありました。                                        ・

この主治医は当時『滋賀医大病院』の特任教授でした。 この騒ぎは私がここで手術を受ける直前に起きたこ
とです。 『滋賀医大病院』の泌尿器科教授が『小線源治療』の未経験者であるにも関わらず「俺に小線源を
やらせろ。 お前は後ろについていて、俺にアドバイスをしろ。」と強要され、「未経験者を治療に当たらせ
るわけにはいかぬ。 人の命にかかわることだ。 お断りする。」と頑として抵抗しました。      ・

これが理不尽にも大学側の不興を買い、主治医は医大で治療を続けることができなくなました。 ために既に
受け入れていた患者の治療継続を求めて訴訟を起しました。 裁判の結果、これらの患者の手術は可能になっ
たのですが、全ての治療を終えた後『滋賀医大病院』から追放されました。              ・

その後、大津の個人病院、宇治の総合病院で新規患者の受け入れと、私を含めた術後患者の後フォローを行っ
てきましたが、ちょうど6か月前に大阪の旭区で開業することになり、今はこちらの『大阪前立腺クリニック
』で治療に当っています。                                    ・

まぁ正義感の塊のような医師で喧嘩も強い。 大学病院を向こうに回して戦い、学閥の妨害にもめげず、遂に
開業にこぎつけました。 こういう人ですから、自分の思いを語り始めると止まるところを知りません。 多
分私が話しやすいのかも知れません。 今回は「『至誠』とは何か」と説き始めました。 そして、主治医自
身が作った『綱領』を示します。                                 ・

一、前立腺治療を通じて、患者と家族の幸福に寄与すべし。                     ・
二、患者ファーストの医療実践を目的とし、至誠を学び貫くべし。                  ・
三、医療人としての高い規律を覚知し、実行すべし。                        ・

私は『ぶれることなく正義を貫く医師』と彼を評価し信頼しています。 前立腺癌を告知され、そしてすぐに
ダビンチを提案されたとき、私は私なりに最善の治療を模索ました。 そしてインターネットで見た『講演会
』の動画でこの医師と出会いました。                               ・

彼は『切除療法』『ホルモン療法』『小線源(放射線)療法』のそれぞれの治癒率を癌のステージごとに示し
「私の『小線源治療』では、高リスクの癌であっても98%の治癒率を達成しています。 残りの2%は既に
浸潤して骨やリンパに転移していた癌です。」と説明しました。                   ・

動画を繰り返し見て、「この人なら信頼できる。」と思い、結果はどうであれ決して後悔しないと心に決めて
この『小線源治療』を決断しました。  それが6年前のことでした。                ・

現状PSAは随分下がりました。 ほぼ『0』といっていいレベルまで下がっています。 「やがて『0』ま
で下がります。 もう完全に治癒しているといっていいのですが、極めて稀に突然にPSAが急上昇する事例
が見られたので念のためにもう少し様子をみます。」 それで、次回は来年の4月ということになりました。
こんなところが今回の経過観察の様子でした。                           ・

それにしても、『前立腺癌患者』の多いこと。 今回も待合に座って待っている間、ひっきりなしに患者が入
ってきます。 インターネットで見つけたり、私のようにここで助けていただいた患者からの情報からこの病
院を頼って来る人が殆どだそうです。                               ・

もし、ご同輩が『前立腺癌』と診断されたら、きっと治療の選択に迷われることと思います。 そんなときの
『引き出しの1つ』として、この情報を活用して頂ければと思います。 そういう積りでこの記事を書かせて
頂きました。                                          ・

websiteから 『医療法人石田記念大阪前立腺クリニック』 06-6951-9701

















































9月30日



ボランティア・ガイドが終わりました


今回は『サンディエゴ』からお見えになった2人のご婦人をご案内しました。 そして9月29日、30日と
2日間にわたり広島と宮島を楽しんで頂きました。                         ・

『1日目』このご婦人達は『サンディエゴ』で『語学学校』の講師をされており、お1人は現役、お1人は最
近退職をされたそうで、それを機に日本旅行を思い立たれたようでした。 広島が最後の訪問地、ここから東
京に向かい、それから『サンディエゴ』にお帰りになります。                    ・

12時2分、随分と遅い到着でした。 10時前後に到着するようにお勧めしていたのですが、開口一番「私
はnight owlです。 あなたearly birdって知っている?」ときました。 「はい知って
ますよ。 つまりあなたは早起きが苦手なんですね。」                       ・

前もって『語学学校』の講師だと聞いていました。 それでネイティブに英語を教わるチャンスだと期待して
いましたので、こんな会話はウエルカムでした。 到着後すぐにホテルに向かいました。 ホテルの入り口付
近にピカピカの大きな外車が止まっているのを見ました。 途端に「show off」 これは知りません
でした。『見せびらかす』という表現だそうでした。 こんな具合で英語を教わりながらの案内になり、文法
の誤りも随分指摘されました。                                  ・

「昼食までにお腹をすかせておきましょう。」と了解を取って、まず『縮景園』にご案内しました。 ここで
は「beautifulとamazing」の連発でした。 『サンディエゴ』はメキシコとの国境の街で、
ほぼ砂漠地帯らしく、このような緑深い景色は珍しかったようでした。 もちろん『鯉の餌やり』も楽しんで
頂きました。                                          ・

それから『おこのみ村』に向かいました。 『縮景園』でかなり時間をとりましたので、随分遅い昼食になり
ました。 鉄板の上に次々と重ねられていく食材が珍しかったらしく、「あれは何だ? これは何だ?」とそ
の度に聞いてきます。 特に『天滓』と『とろろ昆布』はかなり珍しかったようでした。        ・

 

道中日本の牡蠣の話しをしながら歩きましたので、牡蠣をトッピングするのだろうと思っていたら、お2人と
も『肉玉そば入り』(ベーシック)でしたので、おやおやと思いました。 他は余りお好みでなかったか、そ
れとも・・・ お一人には最後までヘラで食べていただけましたが、お一人は箸も苦手で、フォークを要求し
ていました。                                          ・

『平和公園』にはいつも通り『爆心地』から入りました。 長いブランクがありましたので、ここ2~3日資
料を見ては頭の整理をしていたのですが、やはり抜けがあったり、言い淀んだりしました。 それはともかく
原爆の後で起こったことや、被害の全容の説明はほゝ『爆心地』で行います。 一番力が入るところです。・

それから『原爆ドーム』、ここでは『原爆ドーム』保存の契機となった『楮山ヒロ子さん』の日記のエピソー
ドを紹介するようにしています。                                 ・

公園内の『慰霊碑』のアーチを通して『原爆ドーム』を望むと、『原爆ドーム』『平和の灯』『原爆慰霊碑』
が一直線に並んでいるのが見えます。 その頂点に立つのが平和都市広島のシンボル『原爆ドーム』です。・
そして『核廃絶のアピール』『原爆死没者の慰霊の場』と並びます。 これがこの公園のコンセプトとなって
います。 今となっては『原爆ドーム』を保存したことが広島にとっていかに大事なことだったかが分かりま
す。                                              ・

公園内では重要モニュメントを1つ1つ説明してまわりました。 『平和の鐘』モニュメントでは、鐘の表面
に日本語とギリシャ語で刻まれた『汝自らを知れ』というソクラテスの言葉を説明する積りだったのですが、
沢山の人が順番を待っていましたので説明しきれませんでした。 この言葉はギリシャのアポロ宮殿の入り口
に刻まれている言葉で、鐘の作成に当り、当時のギリシャ大使から贈られたものです。         ・

次は『平和資料館』です。 インターネットでチケットの購入ができるようになって、随分スムーズに入れる
ようになりました。 一時は2時間待ちというようなこともありました。 私はゲストと一緒に資料館に入り
東館で簡単に説明した後はお別れして、本館には入りません。 凄く混雑しますし、静かに展示物を見て頂く
方がよいと考えています。 重要な部分は平和公園内で説明していますし、展示物には適切な説明書きが添え
てあります。                                          ・

通例40分くらいで見学を終えて出て来られる方が多いのですが、お2人はとてもご熱心で、ほぼ閉館間際ま
で1時間半ほど見学されました。 『資料館』を出るころには外は闇に包まれていました。 ホテルは目と鼻
の先、ホテルまでお送りして今日の予定を終えました。                       ・

『2日目』JR宮島口駅にお迎えしました。 遠くから手を振っているのが見えました。 すぐに駅前のコン
ビニで弁当を受け取り、今日の案内をスタートさせました。 先ずは『弥山』に登り、下って『大聖院』、そ
して『厳島神社』に回り、最後に『大鳥居』の根元にご案内して今日のスケジュールを終える予定です。 ・

宮島の案内は『潮汐』に左右されます。 できるだけ満潮時に『厳島神社』に入っていただきたいので、その
ようにスケジュールを組むのですが、今日の潮は少々中途半端でした。 宮島に着いた頃には既に半分近く下
がっていましたので、大鳥居がまだ潮に洗われている様子だけをご覧いただいて『弥山』に向かいました。・

久しぶりの『弥山』登山になりました。 梅雨や暑い時期に訓練が足りていませんでしたので、大いに心配し
ていたのですが、膝サポーターとトレッキング・ポールの助けを借りて何とかこなすことが出来ました。 一
方ご婦人方はというと、何と70歳のご婦人がスタスタと登り、振り向いては我々を待ってくれるという有様
でした。 恐るべし。                                      ・

展望台にはその時20人くらいの人が登っていましたが、驚くなかれ日本人は私を含めて僅か3人でした。・
上り下りですれ違う人々も概ねこの比率でした。 「『弥山』はすっかり外国人に乗っ取られている。」と話
し、笑いあったものです。 景色を楽しんで頂いた後で景色のいい場所に座ってお昼にしました。    ・

『大聖院』ではいつ通り『五百羅漢』『戒壇巡り』『摩尼殿』をご覧になっていただき『厳島神社』に下りま
した。 ここではタブレットを使いながら神社の建築様式(寝殿造り)や、『平の清盛』によって招来された
舞楽などの平安文化の説明をしました。 分かりやすい説明だと思ったのですが、お1人は何だか興味薄だっ
たようでした。                                         ・

最後に潮の上がり始めた『大鳥居』にアプローチしました。 もう少し早ければ足許まで行けたのですが、精
々こんなところまででした。 しかし、これはこれでなかなかいい背景だったと思います。 そして段々と隠
れ始めた飛び石を渡って岐路に着くつもりだったのですが・・・                   ・


 

えらいことになってしまいました。 段々と遠くなっていく飛び石に飛び移った積りだったのですが、踏み外
して水の中へ頭から突っ込んでしまいました。 衣服はもちろん上から下までびしょ濡れ、しかも海藻が纏わ
りついてなかなかの模様になってしまいました。                          ・

その上、手に持っていた携帯電話ももちろんドボン、バックパックの中のタブレットが無事だったのがせめて
もの救いでした。 ガイドが終わって思考力が低下していたものか、考えてみれば私が仮に飛び石を無事に渡
れたとしても、ご婦人方には無理なことでした。 後で考えてみて、何であそこで飛んだのかさっぱり分かり
ません。                                            ・

冷静な自分であれば、たとえ遠回りになったとしても、きっと神社裏に回って帰路に着いたとおもうのですが
一体どうしたんでしょうね。 怪我はなかったのですが、衆目の中だったので心はすっかり折れました。 ガ
イドの〆でとんでもない醜態をさらしてしまいました。 携帯電話の顛末があるのですが、それはまた後日。
































月25日


               
経過観察

『食道癌の疑いあり』、そして2回目の生検、このことは先日お話ししました。 そして今日がその審判の日
でした。「11時20分に来い。」と時間指定されていましたので、受付を済ませ待合に座って待っていまし
た。 生検の結果がどうであれ、説明にはそんなに時間はかからないだろうから、それが終わって『3水会』
に駆けつければいいやと思って待っていたのですが・・・                      ・

2時間たってもお呼びがありません。 段々と腹が立ってきて、受付に「これ以上待つようなら今日はキャン
セルして日を改めたい。」と申し出ました。 受付はどこかと長い間話していたようですが、かなり狼狽えな
がら「今、準備をしているところです。 次に呼びますのでもう少し待ってください。」といいます。  ・

「こいつら、うっかりミスしやがったな。」と鋭く推理しながら待っていると、その内に呼び出しがあって、
診察室ではないらしい暗い部屋へ案内されました。 何だか急ごしらえで体裁を整えたように見えました。 
部屋で待っていたのは担当医ではありませんでした。 そこで更に鋭く推理してみました。 きっと忘れてい
たか、引き継ぎのミスだったか、そんなところだったのではなかろうか。 看護師も何だかおろおろしている
ように見えました。                                       ・

それで生検の結果は・・・「前回の生検の結果と同じです。 癌ではありませんが、その部分の組織に何か異
常があるようです。 癌に進展することも考えられますので、引き続き様子をみましょう。 1年後に胃カメ
ラの予定を入れておきますがよろしいか?」 1年後の予定など分からん。 勝手にしてくれと腹立たしく思
い乍ら病院を後にしました。 きっと顔にも怒りの色が出ていたと思います。 まだまだ修行が足りんなぁ。

『3水会

それから『3水会』に急ぎました。 今年から来年が『喜寿』グループの元の職場の仲間たちが作っている親
睦会に混ぜて貰っています。 (因みに私は今年『傘寿』) 品定めの結果、まぁ不愉快な人間ではないよう
だし、仲間に入れてやるかと『入学を許された』ようです。                     ・

こうして毎月1回『第3水曜日』を中心に懇親会を開いています。 だから『3水会』です。 すでに何回か
出席していますが、とても居心地のいい集まりです。 『いじられる』こともありますが、ともかく笑いに始
まり、笑いに終わります。 そして次回を楽しみに笑いとともに別れていきます。 今回は新人がいました。
懐かしいかな、20年ぶりでした。                                ・


 

会場はお定まりの『居酒屋』です。 ホームグランドは広島駅前の本店ですが、カープの試合があるときには
予定を変えるか、支店に場所を変更するようです。 今日は支店でした。 私は『居酒屋』が好きで、ひょい
と暖簾をくぐる雰囲気が気に入っています。 そしてここの『烏賊リングの煮付け』をアテに焼酎の湯割りを
傾けるのがお気に入りです。                                   ・

今日はこの人の隣に座りました。 いつも淡々と話される方です。 そしてとても気のきいた諧謔を挟んでき
ます。 そこで今日からこの人を『諧謔の君』と呼ぶことにしました。 どうやら私のブログを読んで頂いて
いるようで、いろいろと感想を述べていただきましたが、食べ物の話しになった時、「あなたは蒸し物を作る
か?」と聞かれました。                                     ・

「鰤かまや根菜の蒸し物はよく作りますよ。」 「それじゃぁ、『茶碗蒸し』はどうか?」と聞かれました。
作るには作りますが、大形の蒸し器がないので、私は電子レンジでやります。」 「そうですか、でも今日は
あなたに極上の『茶碗蒸し』の作り方をご伝授しますので是非作ってみてください。」 そう言って秘伝の作
り方を教えていただきました。                                  ・

さて、それでは食器棚の上など、あちこちを探ってみるか。 ひょっとして大形の蒸し器が見付かるかも知れ
ません。 『諧謔の君』は料理学校で1年間勉強をされてきたようですし、彼のことですからきっとご自分で
いろいろと工夫を凝らしているでしょう。                             ・

「『茶碗蒸し』には銀杏がいいですね。 それに百合根もとてもよく合います。」というと、「百合根は他に
使い道がないので無駄になってしまうことが多いです。 代わりにサツマイモを使ってみてください。 1セ
ンチくらいに切って入れると結構旨いですよ。」と教えてくれました。 ちょっと楽しみになってきました。
上手くできたら改めてご紹介します。                               ・

こんな具合で、今日はとても慌ただしい、こんな1日でした。 そして幹事さんに「次回も頼むで」と声をか
け、笑い合いながら別れていきました。                              ・
















































9月21日

『黄昏亭』を開店しました

暫くお招きしていませんでしたので、どのようにお招きすればいいかいろいろと考えていたところ、何と久し
ぶりに『天竺鯛』を見つけたものですから、急遽『枯れ木2号』さんに連絡し『黄昏亭』を開店することにし
ました。                                            ・

この唐揚げが美味しい。 『天竺鯛』、故郷の岡山県西部では『ネブト』または『ネブトジャコ』と呼んでい
ました。 『ネブト』は骨太がなまったものだろうと思います。 広島では『イシモチ』または『イシモチダ
イ』、また『メンパチ』とも呼ばれています。 『イシモチ』はこの魚が持っている耳石から来ています。・
鰓の辺りにとても固い小石のようなものを2つ持っています。 また『メンパチ』は魚体と比較しパッチリと
した大きな目からきたものと思われます。                             ・
 
私が広島に越してきたころ(半世紀前になります)には広島では結構よく見た魚でした。 『菩薩様』もよく
買って主に煮付けにしていました。 精々7~8cm、特大の物でも10cmには及ばない小魚で、よほど尖
った箸でなければ食べにくいほどでしたが、この煮付けがとても美味しかったことを覚えています。   ・

今日はこの『イシモチ』を唐揚げにしました。 下拵えがとても厄介です。 こんな小魚でも立派な鱗があり
ます。 先ずは鱗を落し、頭の付け根からむしり取るようにハラワタまで引き抜きます。 私は面倒でも包丁
を使い、肩から背骨までを切り落とし、それからハラワタを引き抜きます。 耳石を残さないように。  ・

それから唐揚げですが、洗ってしっかり水気を取り、軽く塩胡椒を振って小麦粉をまぶして2度揚げにします
。 立派な骨を持っていますが、これで骨まで美味しく頂けます。 これはこのまま『南蛮漬け』にしても美
味しく頂けます。                                        ・


 

合わせて『芝海老の唐揚げ』も作りました。 『枯れ木2号』さんは『芝海老の唐揚げ』を食べながら「甲殻
類は美味しいけれど、年寄にはコレステロールが多そうですね。」と言っていました。 そうかも知れません
ね。 でもそんなに再々食べる物でもありませんし、まぁ、いいんじゃぁありません?         ・

最後に『茄子とシシトウの味噌炒め』を作りました。 かなり研究してきた積りですが、味は整っているとし
ても、もう少し茄子らしさを残す工夫があってもいいと思います。 それと、折角買ってきたのに『粉山椒』
を振るのを忘れてしまいました。                                 ・

それで、今回は『白牡丹』の2リットルパックを冷やして、冷酒で頂きながら彼の得意な芸術分野のお話を伺
いました。 話しはあちこち転々と。 大竹市にある美術館から、奥出雲の『田辺家旧邸』とその土蔵群の景
観、宮島『町家通り』の歴史的価値などなど、留まることなく話しは続くのでした。          ・





































9月18日


投票を済ませました

今日『自民党総裁選挙』の投票用紙を投函しました。 一昨日往復はがきを受け取ったばかりですが、意中の
人は決まっていましたので、早速その候補者の名前を書いて、その上から『目隠しシール』を貼りつけて投函
しました。                                           ・

この話しは自民党員でない方にとっては関心がないことかもしれませんが、私は参議院議員の青山繁晴さん(
以下青山さん)の事務所を通じて自民党員になっています。 そして青山さんの政治活動を応援し、彼に日本
のかじ取りを任せたいという思いで党員になっています。 しかし今回の総裁選では、残念ながら青山さんは
20名の推薦人を集めることができず、従って総裁選に立候補することはできませんでした。      ・

とても残念でした。 もし青山さんが総裁選に立候補できていれば、論戦を通じて青山さんの政策を世に訴え
ることが出来たはずです。 青山さんの”腐った自民党を内側から変える。”という信念、またそれを実現す
るための具体的な政策は、きっと停滞したこの世の中を動かすテコになったと思います。        ・


青山さんは自由民主党内で『日本の尊厳と国益を護る会』(通称『護る会』)という100人にも登る議員集
団を主宰しています。 その活動の基本方針は、皇位継承の男系維持、中韓による国土浸食の阻止、スパイ防
止法の制定です。                                        ・

更に青山さんは財政法の廃止を含めた税制の抜本的見直し、抑止力の概念の理解と強化、敗戦後の総括などに
も言及されています。 私は青山さんが出馬できない以上、青山さんのこういう考え方に比較的近い考え方を
お持ちの候補者を選びたいと思いました。                             ・

国連常任理事国が核で恫喝しながら隣国に攻め入っている。 その国は何としても北海道を手中におさめたい
と虎視眈々と狙っている。 その国と同じ独裁国家がわが国だけでなく多くの周辺国にもアメとムチ、あらゆ
る手だてで侵略を企てている。 その独裁国家は日本の主要都市に巡航ミサイルの照準を合わせている。 た
びたびミサイルを日本の排他的経済水域に打ち込んでくる国もある。 そして100名ともいわれる拉致問題
を棚上げにして経済制裁の解除を求めている。                           ・

日本はまさにこうした脅威の真っただ中に存在している。 この危機迫る事態にありながら、的外れな選択的
夫婦別姓(国民の70%は望んでいない)を持ち出したり、不利と見ると女系天皇容認論を引っ込めたり、敵
性国家との議員連盟のメンバーであったり、ただ、「検討しなければならない。」としか言わない、何をした
いのか分からない候補者、いまだ派閥の力学で総裁を選ぼうとする勢力、少なくともこういうクズの中からは
私たちのリーダーを選ぶことはできません。                            ・

そういう選択肢のなかなら選べばと・・・私はこの人を選んだのでした。               ・






































9月16日


『黄昏亭』を開店しました

記録を見ると7月初め以来の、誠に久しぶりの『黄昏亭』でした。 今日のお客様は『39堂主人』、そして
メニューは『芝海老の唐揚げ』、それに冷凍さぬきうどんを使って『天婦羅うどん』を作りました。   ・

今朝マーケットに行って『芝海老』を買ってくる予定だったのですが、考えてみれば連休の最終日、市などあ
ろうはずはありません。 そこで、こんなこともあろうかと冷凍保存していたものを取り出しました。 綺麗
に洗ってフリーザー・パックに入れ、少量の水を加えて平にして冷凍しておいたものです。       ・

多分3ヶ月くらい保存していたと思いますが、姿も味も冷凍前のものと比べて決して劣るということはなかっ
たように思います。 なかなかの『芝海老の唐揚げ』でした。 因みに今試している自作の冷凍食品は何れも
短冊に切った『大根』『茄子』『あげ』、それと小口切りにした『細ねぎ』です。 主に朝食の『味噌汁』に
使っていますが、これらはとても便利です。 余談でした。                     ・

 

『冷凍のさぬきうどん』は某メーカーのもので、1パック5個入りの少し上質なものです。 つゆはインスタ
ント出汁、天婦羅は『玉ねぎとニンジンのかき揚げ』と『バナメイ海老』の天婦羅でした。 茹でたうどんに
『かき揚げ』『海老天』を乗せ、更にたっぷりのネギを盛って、最後に熱々のつゆを注ぎました。 これもな
かなかのお味でした。 (写真は省略。 早々と手をつけてしまいました。)             ・

それから彼が持参してくれた『ぶどう』を食べながら、長々と話しました。 彼は比較的軽度ながら、『脳梗
塞』を患っています。 そのため、次第に農作業が厳しくなり、とうとう廃業を決意したようです。 冗談で
「瓜と西瓜を腹一杯食わせると言っていた、あの約束はどうなったんだ?」となじると、「今年は遂にイノシ
シが出て、全部やられた。」と残念がっていました。                        ・

自由民主党の総裁選は小石河の品定め程度。 青竹ふみなどの健康づくりの話し。 そうそう、農業を断念し
た後の、これからの生き方についても熱く語っていました。 彼は『詩吟』をやっています。 ドライブもお
好きなようで、奥様と一緒に楽しみたいと。 それに「永久機関の研究も忘れていないぞ。」と話していまし
た。 『脳梗塞』を患いながら、決してネガティブでないし、いいですね。 そして夕闇が迫るころ飄々とし
た風情で去っていきました。                                   ・

































9月10日


再々検査

今年3月の『人間ドック』で『食道に癌の疑いあり』と診断されました。 そして生検。 2週間後の結果説
明では「3回の検査の内2回は○、1回はunclear、はっきりと疑いなしとは言えない。」という診断
で、「6か月後に再検査しよう。」、というのが今日の再々検査でした。               ・

Dr.は胃カメラで光の色を変えながら患部と思しきところを何度も見ていましたが、「何も変化がないなぁ
、でも念のためにもう1度生検をやろう。」と看護師と話していました。 看護師は手際よく器具を差し込み
患部の一部を切り取りました。 一瞬血液が吹き出すのを見ました。 生検の結果説明は2週間後です。 ・

「癌だとしても、極めて初期だから、表面を削り取るくらいのことだ。」と言っていましたが、自分の体の中
で、何かおかしな変化が起こっているのではないかと思いながら過ごした6か月はとても長く感じました。・
次回の説明では「3回とも○」の結果を頂いてすっきりしたいものです。               ・

キューりの辛子漬け

旬の茄子を肉とソテーし、味噌だれで味を付けて食べると、驚くほど美味しい。 最近では3日と置かずこれ
を楽しんでいます。 昨日もこのように作りました。                        ・

 

今回は豚コマとピーマンです。 肉は豚でも鶏でも牛豚の合い挽き肉でもいいけれど、牛だけというのは合わ
ないのではないかと思います。 取り合わせはシシトウやピーマンが合います。 キュウリでもいいかも知れ
ません。                                            ・

ところで『旬』といえば、もう一つ大事なものをお忘れじゃぁありませんか? と聞こえてきます。 そうで
す、キューりです。 キューりはいまどき茄子に劣らすファーマーズ・マーケットに溢れています。 ところ
がレシピとなると、結局『酢の物』『漬物』『付け合わせ』『和え物』などに限られ、比較的料理の幅が狭い
のが残念です。                                         ・

残念がりながら、今日は漬物にチャレンジしてみました。 もちろんオリジナルではありません。 ユーチュ
-ブから頂いたレシピです。                                   ・

材料はキューり500g、塩小匙2、辛子小匙2、 ミリン100cc、これだけです。        ・

最初にミリンを半分の量まで煮詰めて冷ましておきます。 キューりは乱切りにし、保存袋に入れて塩を加え
しっかりと振り、暫く置きます。 続いて辛子(今回はチューブ入り)を加えて混ぜ合わせます。 冷めたら
ミリンを加えて混ぜ合わせ、保存袋の空気を抜いて冷蔵庫で保存します。               ・


 

昨晩作ったものを今朝食べてみました。 まだ味が全体に刺々しいです。 投稿者によれば、3日くらいから
美味しくなってくるそうです。 また日持ちもするそうですから上手くできたら『カイロプラクター』に持っ
て行ってやるかな。                                       ・













































     



9月 7日



茄子と筍の味噌だれ炒め

『青年の船の会in群馬』の道すがら、『九州のお姉さま』が我が家にお立ち寄り下され、お土産に『筍(淡
竹)の塩漬け』をお持ち下さりました。 「常温保存で大丈夫だ。」とおっしゃっていましたので、台所の隅
に置いていて、今日初めて袋の口を開けてみました。                        ・

あれって岩塩なのでしょうか、かなり荒っぽい塩がたっぷりとまぶしてありました。 何を作るあてもなく、
少し取り出して、取り敢えず塩抜きをしておきました。 それから何気なくユーチューブを見ていたら、今が
旬の『茄子と万願寺唐辛子の味噌だれ炒め』というのが目に止まりました。 茄子と味噌だれ、これはは合い
そうだなぁと直感しました。                                   ・

茄子はある。 万願寺唐辛子はないけれど、ししとうなら沢山ある。 料理人はささみの挽き肉を使っていま
したが、牛・豚の合い挽きで代替できるはず。 ついでに筍をスライスして混ぜたら美味しいんじゃなかろう
か。 ということで早速作ってみました。                             ・

茄子は縦2つ割り、5mm厚にスライス。 ししとうは半分。 筍も5mm厚くらいにスライス。 初めにゴ
マ油で茄子を炒める。 しんなりしてきたら別容器に空けておく。 次に合い挽き肉を同じくゴマ油で炒め、
筍とししとうを加えて炒める。 頃合いを見て茄子を戻し軽く炒める。 味噌だれ(味噌大匙1、酒大匙3、
砂糖小匙3をしっかり混ぜ合わす)を加えて軽く和える。                      ・

 

好みで輪唐辛子、山椒などを振ると風味がよさそう。 でも即席でやったものですから、まぁいいや。 こん
なことで『茄子と筍の味噌だれ炒め』の完成です。 早速頂きましたが、茄子と味噌だれが本当によく合いま
す。 タレは少し甘目が美味しい。 後は味噌で辛くならないように注意ってとこかな。        ・