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3月16日



ボランティア・ガイドが終わりました


『15日』
                                         ・
15日、16日、雨の2日間、ロンドンからお越しのカップルをご案内しました。 ご主人65歳、奥様
62歳、とてもフレンドリーな人達でした。 言葉も私にとっては比較的聞き取りやすい発音でしたので
勢い話しが弾みました。 ただ、ネイティブ英語にはそれぞれに特徴があります。 長いセンテンスにな
ると道に迷ってしまうこともありました。                           ・

15日は早朝に広島駅にお迎えし、すぐに宮島に向かいました。 当初の予定では、満潮に合わせて先ず
『厳島神社』にお連れし、ケーブルカーで『弥山』を目指すことにしていましたが、雨模様で視界もよろ
しくありません。                                      ・

それで、ピクニック弁当の予約をキャンセルし、「さて、どのように時間をもたせるか。」と思案してい
ました。 ところが、どうもケーブルカーに未練があるご様子でしたので、『獅子岩』展望台を提案しま
した。 『獅子岩』はケーブルカーの終点で、頂上ほどでなくてもなかなかの景観が楽しめます。 もち
ろん天気がよければの話しです。                               ・

私としては、「さほどの眺望が望めないときに高い料金を支払って頂くのは」と遠慮していたのですが、
少雨、強風の中でありながら結構景色を楽しんで頂けたようでした。 面白い話しがありました。 『獅
子』を誤って『タイガー』といってしまったところ、「私たちのファミリーネームのKaplanはトル
コ語で『タイガー』のことです。」なのだそうでした。                     ・

 

下って『大聖院』にご案内しました。 ここでは赤や黄色のキャップを被った『五百羅漢』像が印象的だ
ったようです。 そうこうしている内にちょうどいい頃合いになってきましたのでお昼に向かいました。
奥様は牡蠣が大好物のようでした。 ただ、イギリスでは牡蠣は相当にお高いようで、主として『リッチ
ファミリーがお祝い席などで』食べるもののようでした。                    ・

 

ご主人は『牡蠣フライ定食』、奥様は『牡蠣うどん定食』を楽しまれました。 東京、金沢で随分グルメ
を楽しんでこられた様ですが、「『牡蠣』の美味しさは格別だ。」とおっしゃっていました。 確かに。
今月で牡蠣のシーズンは終了しますが、おそらく今が一番美味しい時でしょう。          ・

それから『千畳閣』経由で潮が引いた『大鳥居』にご案内しました。 『大鳥居』の大きさは足許まで行
って始めて実感できます。 真下から見上げて絶句しているご様子でした。            ・


 

これで今日のご案内は終了。 今夜は宮島のホテルに泊まられますのでここでお別れしました。 明日は
9時にホテルを出て、9時30分に宮島口で落ち合い広島に向かいます。             ・



『16日』                                         ・
今日もやっぱり雨でした。 予定通り9時30分に宮島口のフェリー桟橋で落ち合い、電車で広島市内に
向かいました。 先ずはホテルに直行、手荷物を預けて『縮景園』へ。 雨中のガイドは辛いです。 園
内には随所に水たまりがあり、自然石の濡れた石段は歩きにくい。                ・

まだまだ水温が低いと見えて鯉の動きも余り活発ではありません。 でも私のガイドでは、これが恒例の
行事ですから、先ずは『跨虹橋』から『餌やり』を楽しんでいただきました。 活発な時期だと数十尾が
競って餌を取るのですが、数尾が緩慢に動いています。 それでもお2人ともとても楽しそうにしていま
した。                                           ・


 


ヨーロッパ系の人、特にイギリスの方には『藩主』という言葉の意味を簡単に理解して頂けます。 何故
だと思われますか? それでいつも苦労する『有年場』の説明はスラリとお終い。 次に被爆樹木の『銀
杏』。 イギリスでは『ぎんなん』を食べる習慣はないようでした。               ・

『竹林』ではそろそろ筍が頭をのぞけているかと期待したのですが、まだまだのようでした。 イギリス
では筍は輸入物を食べることがあるようにうかがいました。 こんなことを話しながら1時間余り園内を
歩いた後で『お好み村』に向かいました。                           ・

馴染みの店は随分混んでいたのですが、少し待つことに。 でも随分待たされました。 ちょっと不愉快
なことがありましたが、そのことには触れません。 融通のきく使い勝手のいい店だったので長くお世話
になりましたが、次回からは河岸を変えようと思っています。                  ・

さて、奥様はやはり『牡蠣』、ご主人は『シーフード』を選ばれました。 fbには東京で『お好み焼き
』を食べたという記述がありました。 それで「ダブったかな?」と思ったのですが、どうやら『関西風
お好み焼き』だったようです。 食後に親指を立てて「パーフェクトだ!」と言っていました。 そう言
っていただけるとちょっと嬉しい。                              ・

 

雨は次第に小やみになり、平和公園に入った頃には僅かながら青空が見えるようになりました。 公園内
が雨だったら傘を持ちながらタブレットを操作するのは厄介です。 先ずは『爆心地』から『原爆ドーム
』へ。 ここまでで大半の説明は終わります。 後は『標的点』『平和の鐘』『供養塔』を経由して『原
爆の子の像』『平和の灯』、この2つのモニュメントでは少し力が入ります。 こうして私の説明を十分
に聞いていただけると資料館の内の展示物の意味が呑み込めるはず。               ・

 

そして慰霊碑では一直線上に配置された『平和都市広島のシンボル・原爆ドーム』『核廃絶を希求する・
平和の灯』『慰霊の場・原爆死没者慰霊碑』がこの平和公園のコンセプトであることを説明し、『原爆資
料館』にご案内して今回のガイドを終えました。                        ・

夜になってfbが更新されていました。 「80歳の強烈なバッテリーを持った爺さんに引き摺られ、あ
れやらこれやらをdump into叩き込まれた。」とありました。 WW           ・








































3月 8日


路上観察in宮島


今年最初のボランティア・ガイドが近づいてきましたので、下見と運動を兼ねて宮島に行ってきました。 因
みに最初のお客様は60代のカップルで、ロンドンからやってきます。 予定は15日に宮島、16日に広島
なのですが、両日とも天気が思わしくありません。 15日には山登りを計画しているのですがどうなるでし
ょうか?                                            ・

それを意識して出掛けた訳ではありませんが、今日は宮島の『牡蠣祭り』でした。 桟橋前の広場では『神楽
』舞いがありました。 また『牡蠣の直売』はもちろん『夜叉うどん』とか『丼もの』や地域のスイーツなど
のブースが沢山並んでいて、凄い人出でした。                           ・

 

私はここから『山稜』が見えるかどうかを確かめましましたが、全容は見えませんでした。 4月10日にル
クセンブルグの60人のグループを案内しますが、『平清盛像』の辺りで全般的な説明をする積りなので見え
たらいいなぁと思っっていたのですが残念でした。                         ・

それから『町家通り』を歩きました。 お雛様の時期なので『雛飾り』を出している古民家があったら見せて
貰おうと思っていましたが、何故か今年は全く見ませんでした。 珍しいものと言えば、民家の門前にこんな
ものを見ました。 何でしょうね? ハスの花のような石細工が積み上げてありました。 意匠の変わった灯
篭でもないようですし。                                     ・


 

古民家に沿って歩いていくと、『五重塔』が工事用のネットを被っていました。 「アッラー!」という感じ
でした。 これでは説明のしようもありません。 ちょうど店じまいをしていた『千畳閣』のチケット売り場
のおばさんに聞いてみたら、「2年くらいはかかるそうですよ。」ということでした。         ・

 

これで『路上観察』はお終い。 厳島神社のチケット売り場で「事前にチケットを買っておくことができるか
?」と聞いたところ、「当日券だけだ。」と言われました。 だとすると、場合によっては長い長い行列に並
ぶことになります。 『原爆資料館』のようにチケットを事前にネット販売してくれると助かるのですが、神
社は保守的ですからねぇ。 「昇殿料をネットでなんてとんでもない。」と言われそうです。      ・

帰りは商店街を突っ切って角っこの『もみじ饅頭屋』さんで饅頭を買いました。 先日の『月命日』の日にお
隣さんの駐車場を使わせて頂いたのでお礼の積りのささやかなお土産でした。 またここの若女将さんが滅法
お綺麗な方なので、どこで買っても同じ物ならこの店で買おうとついスケベ心で・・・ハイ。 こんな事で今
日はいい運動になりました。                                   ・












































3月 7日



『高齢者講習』を受けました


これが2回目の『高齢者講習』でした。 よくご存知でしょうが、講習での検査は3つです。 ①高齢者講習
②認知機能検査 ③運転技能検査です。 この内①の内容は運転適正検査と講義(座学)なのですが、有難い
ことに講義(座学)はありませんでした。 手空き時間(運転機能検査の待ち時間)にビデオが流れていまし
たので、これが講義だったのかも知れません。                           ・

検査結果です。 ①の内、運転適性検査には次の3つの検査があります。 まず視野測定です。 器具を使っ
て左右の視野がどれくらいあるかを計測します。 結果は158度で、これはまずまず、50代半ばの視野に
匹敵する成績でした。                                      ・

他の2つは動体視力と夜間視力でしたが、この結果は『同年代に比べて劣っている』という結果でした。 検
査の説明も方法もかなり杜撰な感じがしましたので実態(私の実力)とはかなり異なっていると思います。・
まぁ私の感覚としては『平均』くらいではなかったかと思います。                  ・

次は②の認知機能検査です。 まず4組の絵を5種類見せます。 そしてこのトータル20の絵を全て記憶し
ます。 続いて他の作業が入ります。 ランダムな数字の羅列の中から1回目は2種類の数字にチェックを入
れます。 2回目は3種類の数字にチェックを入れます。 もちろん時間制限があります。       ・

問題はここからです。 最初に見た20枚の絵の名前を記憶を辿って書き出せということなのですが、記憶と
記述の間に他の作業を挟むというのがこの検査のミソです。 結果は16個の絵しか記憶できませんでした。
3年前の検査では余裕で全問正解だったのですが、記憶力がかなり落ちていました。 ただ認知機能に支障が
あるというレベルではなかったようです。                             ・

最後は③の運転技能検査でした。 運転試験場の決められたコースを走ります。 ただ、車のトルクを上げて
低速で走りにくくしているように思いました。 そのことで信号やカーブ、一旦停止、車線はみだしなどのポ
イントを速度の調整をしながらスムーズに走れるかどうかをチェックしているようでした。       ・

そして『認定認知機能検査結果通知書』なるものを頂きました。 中には『認知のおそれのある基準には該当
しない』と書いてありました。 これで今回も免許更新ができます。 後は公安委員会からの通知を待って期
間内(誕生日の前後1ヶ月)に免許センターで新免許証を受け取ります。 免許センターでは講習もありませ
ん。 ただ、講習料がちと高過ぎ。 今回の講習が8,500円、免許更新の手数料が更に2,500円かか
ります。                                            ・

講習を通じて感じたこと。 確かに記憶力が落ちて来たなぁ。 これは日常生活ても実感しています。 かな
り傑作な経験も多々ありますが、まぁ『老人力』が付いてきたと笑い飛ばしておきましょう。 講習の中で『
注意力』という観点はどうだったのでしょうか。 どこでチェックしたのか、あるいは検査項目でなかったの
か。 日常の運転ではつい気が散ってしまいがちで、それをかなり意識しながら運転しています。 というこ
とで、何はともあれ無事講習が終わったというお話しでした。                    ・






























3月 2日



壮行会

孫娘、孫息子が東京の大学に進学することになりました。 2人とも今月20日前後に上京しますので、『菩
薩様』の月命日に合わせて『壮行会』を行いました。 孫娘は音楽大学でギターの勉強をします。 もちろん
目指すところはソリストでしょう。 孫息子は『地理学』を学び、将来的にはその道の学芸員を目指したいと
言っていました。 2人ともしっかりと頑張ってください。                     ・

さてこの日のメニューは「祝い膳』ですから、『赤飯』と「鯛の塩焼き』は必須です。 その他には若者向け
に『ローストビーフ』『鶏胸肉の塩麹蒸し』を作ることにしました。 それと『赤飯』には漬物が合うだろう
と思って『白菜とタクアン』を買っておきました。 その他には娘が『カボチャの煮物』と『ポテトサラダ』
を準備してくれましたのでかなりのビッグディナーになりました。                  ・

それにしても、これだけの料理を時間を見計らって一時に完成させるとなると『調理』は綱渡りです。 『赤
飯』や『鯛の塩焼き』は作りたて、熱々でなければ意味がありませんし、『ローストビーフ』も肉汁がほとば
しるようであればより美味しく頂けます。                             ・

そのためには、やはり『下拵え』がとても大切です。 素材の味を生かすために調理の前に常温に戻しておく
ことも大切ですし、段取り8分と言われるようにあらゆる食材を準備万端整えて、後は流れるように完成に向
けて手を進めていく、プロの料理人の調理をみていると流石だと思います。 しかしそこは素人、おたつくと
ころもありましたが、まぁ比較的上手くいったのではないかと内心自負しています。          ・

 

そして、このように出来上がりました。 アレンジは全て孫娘にお願いしました。 『ローストビーフ』は『
湯煎』で作りました。 塩胡椒をしたあとしっかりと摺り込み、全面に焼き色を付けてラップに包み、ジップ
ロックに入れて空気を抜き、沸騰したお湯で3分、火を止めて15分です。 思った以上に柔らかく、ジュー
シーに出来上がりました。                                    ・

素材は『北海道和牛』、さらにもう1皿は(この写真には見えませんが)『宮崎産交雑種』のいずれも腿肉を
使いました。 ソースは煮汁をミックスしてちょっと和風にしてみました。              ・

『鯛の塩焼き』は電子レンジのグリルで焼きました。 何年か前ガスレンジを新しいものに交換しました。・
最近のガスレンジは火災を防止するため鍋底の温度が200度になると炎が小さくなります。 それで直火で
焼き物をするのが難しくなりました。 高音調理の機能もあるにはありますが、このタイプのレンジが普及し
たためか鉄灸をとんと見なくなりました。                             ・

焼き物はやはり直火で調理したものが美味しいですが、そういう理由で最近では電子レンジを使っています。
まだ研究が足りないこともありますが、カリッと感が今一だなぁと思います。             ・

『赤飯』は『小豆』の煮具合と『もち米』の滓具合辺りがポイントかと思います。 少なくとも数時間滓した
後で一旦水を切り、『小豆』の煮汁を加えた後で水量を調整したあとで更に数時間おくと色合いがよくなりま
す。 それに塩加減ですが、私が塩分を控えているため塩分少な目で蒸し、皆さんには『ゴマ塩』を使っても
らいました。                                          ・

『鶏の塩麹蒸し』は火を止めて1晩の『湯煎』です。 これだけの料理ですから、久しぶりに大皿を3枚取り
出しました。 2人の門出を祝うに相応しいいい料理ができたと自画自賛しております。        ・
























2月26日

三水会

月一の『三水会』がありました。 今日の参加者は5名、久しぶりにお目にかかれると楽しみにしていた『茅
渟夢想氏』は直前になってキャンセルされました。 お忙しいようです。 私がチヌ釣りをしている頃からこ
のページにお付き合いしていただいている方はご記憶かと思いますが、ほぼ毎週土曜日に竿を並べていたあの
『茅渟夢想氏』のことです。 彼も『三水会』のメンバーです。                   ・

この居酒屋のことです。 1974年にこのビルが建ち、その時からこのビルの7階、食堂街で長く営業して
います。 私の会社が隣のビルだったものですから、よくお世話になりました。 特に丁稚の立場になった時
には接待にも屡々使わせてもらいました。 お世話をして叱られて・・・。 今となっては思い出でではあり
ますが。                                            ・

このビルも築50年になりました。 こういう半公営施設の標準耐用年数は60年です。 大将がいうには「
行政が絡んでいるのであと10年で建て替えになるだろう。 そうするとあと10年、それからまた新たに店
を始めるとするとワシも70歳近い。 それでこの店もお終いじゃな。」               ・

そりゃぁ寂しいけど、それまでこの会を続けられるかなぁ。 それから私がイジられ始めました。 「そりゃ
最年長者はとても10年はもたんじゃろう。」 「いやいや歳から順番ということはないじゃろう。」と反論
すると「物事には順番というものがある。」と譲りません。 笑いの中でひとしきり議論が続きました。 ・

それから『諧謔の君』を中心に面白い話が飛び交いました。 『本邦完歩の君』がいいます。 「食が細うな
って、これじゃぁ長ごうもたん。」 するとすかさず『諧謔の君」がチャチャをいれます。 「大丈夫、液体
で生きとる。」 こんな調子で笑いが止まりません。                        ・

トランプ大統領の話しも飛び出ました。 「あれじゃぁ取り巻き連中もやれんで。」 「いやいや反論したも
んならすぐに首のすげ替えじゃろうしな。」 こんな話しからいつの間にかあの厄介な上司の話しになりまし
た。 私たちは共通の被害者です。 まことトランプに似ている。 ここでその上司と飲みながら、上司が席
を外した間に「あいつをバットでぶち殴ってやりたい。」と興奮していた同僚もいたなぁ。 そう話すと、そ
れでまた笑いが大きく盛り上がりました。                             ・

大将と女店員さんがしきりと『小いわしの天婦羅』を勧めはじめました。 私は『イカの煮付け』、それから
『鯵の南蛮』で『ますはビール』それから焼酎の湯割りを頂きました。 そうこうしているところにまた『『
小いわしの天婦羅』の催促がありました。 どうやらいい鰯が入っているので、揚げたてを食わせてやりたい
という有難い思いだったようです。                                ・


 

これはまことに形のいい『小いわし』でした。 しかも熱々、出汁も申し分なし。 私はもう少しカリッと揚
がった方が好きですが、まぁ贅沢は言いますまい。 しかして酒も料理も話しも尽きて、余韻を残しながらお
開きとなりました。 また次回が楽しみ。                             ・

それから打ち揃って地下の『御座候』で『太鼓焼き』と『粒あん』を買いました。 各方面に散っていく皆さ
んと別れて、私は『路上観察』をしながら己斐まで歩き電車に乗りました。 吞んだ後で2キロ余りは流石に
きつかったし、皆さんに観察結果をご報告するような事跡にもめぐり合いませんでした。        ・

『後刻談』某氏がバスの中に『御座候』を忘れたようで、それが折り返しのバスだったものですから「暫く待
って受け取ることができた。 歳ですね。」とメッセージがありました。 それで「それを歳と言わずに『老
人力』がついたと胸を張りましょう。」と返しておきました。 ハハ!                ・
















































2月20日



友達としゃべりました

近くの海べりに『ゲストハウス』があります。 宮島に近いですから結構外国の方が利用しているようです。
先日『39堂主人』にお目にかかったら、「このゲストハウスで『2人懇親会』をやろうではないか。」と提
案がありました。 ここのホールは地域の人にも解放されていて懇親会などにも使えます。       ・

外国の方が多いこともあって、お酒はいろんな銘柄が揃っていました。 日本酒・焼酎は押され気味でした。
料理はまぁこの程度?という感じです。 安上りに旅行を楽しみたい外国の方にはそんなに凝った料理は必要
ないのかも知れません。                                     ・

自由に使えるといっても、ただお茶を貰ってそれだけという訳にも行きません。 それで、牡蠣フライと生ビ
ールを頂くことにしました。 「う~ん、これでこの値段か?」と思いましたが、まぁ場所を提供して頂いて
いると考えればこんなところでよしとしましょう。 ただ、牡蠣はなかなかの品質だったと思います。 実は
つい隣は『地御前牡蠣』の牡蠣打ち場です。                            ・


 

ホールには我々以外には誰もいませんでした。 昼時でしたので、観光客は皆さん出払っていたのでしょう。
そこで、気兼ねなく3時間ばかり話しました。 彼は軽い脳梗塞を患い、一時農作業から遠のいていたのです
が、体力も気力も回復して再び取り組みを始めたようです。                     ・

今は「『光合成菌』の研究をしている。」といっていました。 農業には連作障害がつきものですが、連作障
害の被害を軽減するためには『ほうせん菌』の働きが大切なのだそうで、その『ほうせん菌』に活力を与える
のが餌となる『光合成菌』らしいです。                              ・

まぁ、この人は次から次へといろいろなことを考えます。 思い付いたら夜中に起きだしてメモを残しておく
というくらいですから、凝り性もここまでくれば筋金入りです。 それで今年は何としてもいい西瓜を作りた
いと意気込んでいました。 私はもう何年も待っているのですがね。 先ずは農業の話しでした。    ・

続いてお年寄りの定番。 彼は『前立腺癌を発症しています。 医者からは『ダビンチ』を進められているよ
うですが、「自分で努力してみます。」と手術を拒み自分なりの療法を試しているようです。 「前回はPS
Aが10以下だったのに今回は20を超えた。 ちょっと怠けたな。」などと話していました。     ・

どうですかね、PSAの多寡に一喜一憂していていいのかねえ。 それで時々アドバイスするのですが、彼は
頑なに信念を曲げようとしません。 最近では重曹をメープルシロップで溶いて呑んでいるようです。 「癌
はアルカリ性の中では成長しない。」のだと話していましたが、転移してからでは遅いので、経験者として近
いうちにもう一度進言しておこうと思っています。                         ・

「高市さんは総理になれるだろうか?」 話しは政治向きにに変わっていきました。 どうなんでしょうね、
石破では参議院選には勝てないでしょうから何れは首のすげ替えが行われるでしょう。 高市さんは党内基盤
が弱いからグレタ進次郎なんかが担がれるんではないだろうか。 でも総裁選で化けの皮が剥がれているので
彼で勝てるだろうか。 何れにしても、もう自民党の政治に戻ることはないんじゃなかろうか。 これからは
少数政党の連立の時代に入っていくのではないか。 こんな話が中心でした。             ・

トランプ政権の行政改革、これがこれからどうなるのか分かりませんが、イーロン・マスクの取り組みはとも
かく強烈だよね。 とても羨ましい。 この流れで我が国のDSも解体して欲しい。 いまの政府は財務省を
頭にした独裁政権、お隣の国と何も変わらない。 政治家もうまく使われている。 というところに『枯れ木
2号さん』から電話がありました。 「5時前後にお伺いしたい。」ということでした。 これを機に、彼は
焼酎をもう1杯、私は砂糖たっぷりのココアを頂いて今日の懇親会を〆にしました。          ・



















































2月17日



雑談”あれこれ”

野菜の値段が少し下がりました。 『産直市場』で大形キャベツ1個が200円になっていました。 これは
今までの半値に近い値段です。 寒冷地でも収穫が上向いてきたのでしょう。 もう少し冷たい日が続きます
ので安定するまでにはもう少し時間がかかるかも知れませんが、ともかく安くなるのは嬉しいことです。 ・

やっと、やっと、やっと、軸のしっかりした『のらぼう』がでました。 それに『ブロッコリー』の脇芽も出
始めました。 これで『スナップ豌豆』が出始めると、今までピーマンに頼っていた食卓にやっとまともな春
が戻ってきます。 私はこれらの春野菜が大好きです。                       ・

 

3月半ばからボランティア・ガイドを始めます。 寒い時期にはかないませんから。 1件増えて、3月に3
パーティーの案内をすることになりました。 ロンドンからやってくる老カップルに旅程を提案したら、余程
お気に召されたのか、「『妹夫婦』の案内もしてやってくれ。」と依頼がありました。 月末から4月はじめ
にかけて立て込んでいますのでお断りしようと思っていたのですが、お断りする間もなくコンタクトがあって
引き受けざるをえなくなりました。 4月初めには3日間連続の、そしてすぐ後には60名のグループの案内
があります。 かなりハードです。                                ・

運動を始めました。 お正月以来冬眠状態で過ごしましたので、かなり身体がなまっています。 少し歩くと
股関節や脚の痛み・怠さに悩まされるようになってしまいました。 こんなことではとてもガイドは勤まらな
いと思い、『一人観察会』と称して歩き始めました。 合わせて『脚振り体操』や『屈伸』も続けています。
その成果が徐々に出始め、やっと楽に歩けるようになってきました。 来月半ばに向けてこの調子で万全な身
体作りにつとめましょう。                                    ・

従妹達は『バレンタイン・チョコレート』を楽しんでくれたようです。 「美味しいのは知っているけど、わ
ざわざ買っては食べられないから。」と言っていました。 まぁ感謝の気持ちですから、喜んで貰えれば嬉し
いです。 ところで、「今年こそは」と期待していた、ひそかにお慕いしているあの方からは今年もチョコレ
ートは届きませんでした。 残念!                                ・

着々という程ではありませんが、来年の『枯れ木ギターコンサート』(友人との2人会)に向けて練習の成果
が出始めています。 まだ演奏曲目が決まった訳ではありませんが、多分私が弾くことになる『早春賦』とソ
ルの『月光』はかなりのところまできました。 特にソルの『月光』はテンポがとても大切です。 テンポが
整わなければメロディーが浮きたちませんので。 今まで使っていたメトロノームが異常動作をし始めました
ので今日アマゾンで新しいのを買いました。 ささやかな投資です。                 ・

さて、今日の雑談はこれくらいにしましょうか。                          ・

































先日『生協』の注文票を見て驚きました。 米価が急騰しています。 僅か1年前に5kgが2、500円程
度だった商品が徐々に値上がりして、ついに4、500円になっていました。 主食がこれほど高騰するのは
異常です。 その元凶は政府の無策にあると言わざるをえません。 農水省は『備蓄米』を放出し始めている
と聞きますが、価格を高めに維持したい『農協』がボトルネックになっているとも聞きます。 て価格を安定
させないのか、なぜ外国人や転売業者の買占めを防がないのか、それこそが政府の最たる仕事なのだろうと思
いますが政府の鈍感さには呆れます。 いい加減にしないと、イーロン・マスクを連れてくるぞ。    ・






































2月15日

第1回『一人路上観察学会』(2)


宮司さんにお目にかかり立ち話をしました。 地御前神社前から続く旧2号線の一角にかなり古いお宅が数軒
残っています。 30年前に私がこちらに引っ越して来た頃には、このような古いお宅が道路の両側にかなり
あったのですが、次第に取り壊され、今では数軒が残るだけになりました。              ・


 

今も残る古いお宅の全てに『うだつ』が上がっています。 つまりこの一角には成功をおさめたリッチな人々
のお住が密集していたということです。 そこで、『この地域の人々が一体何を生業に成功をおさめたのか』
と考えてきたのですが、さっぱり分かりませんでした。                       ・


「地御前港はすぐそこだけれど、漁家としてこれほどの成功をおさめたとは思えませんしねぇ。」と宮司さん
に尋ねてみたのでした。 「やはり地御前神社』の門前町だったのでしょうかねぇ。」 いろいろ話している
内にヒントがありました。 宮司さんがおっしゃるには「この道は現在の2号線が開通するまでは、『地御前
神社』のつい先で行き止まりだった。 広島からは歩いて丁度1日の行程ではあるし、やはり『地御前神社』
『厳島神社』に関係あることではなかろうか?」                          ・

そこではたと思い付きました。 そうすると『厳島神社』に詣でる人々はこの付近から小舟に乗り、宮島に渡
るほかありません。 当時の人々の信仰心は比較にならないほど篤く、相当沢山の参拝者がここから小舟に乗
ったと考えられます。 そうするとこの地域に『渡し』を運営する商家が何件かあったはずです。 この『う
だつ』の上がった古い家々は『渡し』と『船宿』で富を貯えた商家だったのではなかったか? これは私の推
理ですが、あながち外れではないような気がします。 それに伴って居酒屋や赤い提灯の遊び場も盛んだった
でしょう。                                           ・

この狭い地域に2宇の大きな寺院が隣り合っています。 どちらも浄土真宗西本願寺派のお寺ですがいずれも
相当に立派です。 財をなした地域、例えば海運で財をなした尾道、製塩で財をなした竹原、こういう地域に
は沢山のお寺が密集しています。 おそらく競って寄進したのではないかと思います。 同じように、この地
域にはこれほど立派なお寺を2宇も建てるだけの財力があったということでしょう。          ・

 

一方のお寺は山門が見事です。 軒を支える『斗きょう』が『三手先』になっていますので、相当に見ごたえ
があります。 もう一方のお寺は我が家の菩提寺ですが、こちらは松が凄いです。 1本の松から張った枝が
境内全体を覆っています。 『蓮華松』と呼ばれ、一説によれば樹齢は300年に及ぶと言われています。・


 

今日は何となくこの地域の成り立ちが腑に落ちたと感じました。 さて次回は、特にアテもないのですが、ア
テがないのが『路上観察学会』ですので、歩いて興味深いものを見付けたら改めてアップします。    ・









































2月13日


第1回『一人路上観察学会』(1)


『地御前村出征兵士記念碑』                                   ・

今日『一人路上観察学会』を立ち上げました。 エクササイズをかねて路上を観察して歩き、観察の目を養い
新たな発見をしようという『学会』です。 今後折に触れて『観察』の成果をこのページ上に公開していこう
と思っています。                                        ・

今日はその第1回の『観察会』でした。 『観察は、先ず足許からでしょう。』と思い、地御前神社周辺から
始めることにしました。 これは『学会』を始める前から調べていたことですが、地御前神社の脇に『地御前
村出征兵士記念碑』があります。                                 ・

 

日清・日露の戦役に地御前村から約500名の兵士が出征しました。 その方たちのお名前がこの碑に刻まれ
ています。 一部資料には戦没者の氏名とありますが、私はそうではないと思っています。 正面には陸軍大
臣寺内毅伯爵の筆で『皇威輝八紘』とあります。 『天皇陛下の威信は全世界に光輝く』と解釈すればよいか
と思います。 日本を守って下さった兵士の皆さんに感謝しながらこの碑を仰ぎ見ました。       ・

『ご老公来る』                                         ・

地御前神社の鳥居に面白いものを見付けました。 石柱の根元に『佐々木助三郎』という名前がありました。
『佐々木助三郎』といえば、『渥美格之進』と並んで、ご老公『水戸黄門』の身辺を警護するめっぽう強いS
Pです。                                            ・

 

ここにそのお名前があるということは、かつてご老公がこの辺りを漫遊され、その折に悪代官を懲らしめたか
どうか分かりませんが、『佐々木助三郎』が厳島神社に寄進されたのではないでしょうか。 とすると『かげ
ろうお銀』はどこで『湯あみ』をしたのでしょう。 ちょっと気になります。 こもごも考えると、ちょっと
ロマンのあるお話しではあります。                                ・

『連理の松』ならぬ                                       ・

皆さんは『連理の松』をご存知でしょうか。 『連理の松』は島根県益田市の『琴平神社』の境内に生えてい
た2本の黒松のことです。 2本の松の枝が完全に癒着し連なっていました。 その姿が仲睦まじく手を繋い
でいるように見え、古くから縁起のいい『夫婦松』と呼ばれてきました。 私はかつてこの『連理』を見たこ
とがありますが、残念ながら虫害により2本とも枯れてしまいました。                ・


 

これは『連理の松』ではないですが、地御前神社の境内に2本が連理している珍しい木があります。 木の名
前は存じませんが、2本の別種の木が重なり合うようにして癒着しています。 一方がのしかかり、一方が呑
み込んでいるようにみえる不思議な現象です。 関心を持って歩くと、いろいろと新しい発見があります。・


 

ということで、後は次回に。                                   ・
























2月11日



路地観察

英会話の先生が問います。 「おや、久しぶりねぇ。 お正月以来だけど、どのように過ごしてたん?」 私
は答えます。 「Yeah,I’m hibernationg.」 「Like bear?」 「Yyy
・・・yes.」 「Ha ha!」 ほんと、お正月以降、熊の冬眠のように怠惰な毎日を過ごしておりま
した。 寒いですからねぇ、今日こそ歩かなければと思いつつ、つい明日に譲り車で出掛けてしまいます。・

その結果どうなったか? 知れたことです。 一昨日久しぶりにマーケットまで歩いたところ、往路の半分く
らいで顎を出してしまいました。 帰路は悲惨なもので、『股関節』の痛みで脚を引きづるようにして帰って
きました。                                           ・

これは『大ピンチ』です。 温かくなってからと思い、既に3月の中ごろから3パーティー、4月に入って2
パーティーのガイドを引き受けています。 しかもこの内2パーティーは『弥山』登山を希望しています。・
こんな調子では平地でさえまともにご案内できそうもありません。                  ・

どう対処するのがいいか、そんなことを『カイロプラクター』に相談しました。 そうすると「短い距離でい
いから、とにかく毎日歩け。 無理をするな。 屈伸を忘れずにやれ。」というアドバイスがありました。・
「暫くは痛みが伴うだろうが、次第に筋肉が緩んで楽に歩けるようになる。」ということでした。    ・

そこで思い付いたのが『路上観察学会』です。 この学会は芸術家、エッセイスト、作家の赤瀬川原平さんが
仲間の作家とともに立ち上げた『学会』というか、趣味のクラブのようなもので、カメラを片手に街路をぶら
つき、興味深いものを見付けるとそれを写真に撮って仲間内で公表するというようなものだったようです。・

その『学会』に習って路地を歩き、何か興味深いものを見付けながら歩を重ねてみてはどうかと思い付きまし
た。 これだと楽に距離を稼げるでしょう。 そして今日早速やってみました。 最初に出会ったのは感動的
な光景でした。 今日は『建国記念の日』でいわゆる旗日です。 2軒のお宅で『国旗』を掲揚しているのを
見ました。                                           ・
 
 

『建国記念の日』は神武天皇が即位された日とされ、戦前は『紀元節』と言われていました。 今から268
5年前の2月11日に神武天皇が即位され、これが日本国の『始』となりました。 従って今年は『皇紀26
85年』、そして今日は2月11日、国民こぞって『日の丸』を掲げ、国が国として存在することに感謝しお
祝いする日です。                                        ・

『国旗・日の丸』がはためいているのは、とても感動的な光景でした。 実は私も旗日に『国旗』を掲揚した
いと思いホームセンターなどで探しているのですが、まだ見付けられずにいます。 これを機にもう一度探し
てみようと思った次第でした。                                  ・

それから、こんな風景?をみました。 あるお宅の駐車場が蔦と立ち木に乗っ取られていました。 立ち木は
よく茂った低木でした。 「それがどうした?」ということなのですが、実は蔦と立ち木の中に乗用車がうず
まっているのでした。 様子からすると、おそらく廃車でしょう。 駐車場の一角は鬱蒼としていましたが、
お宅は小奇麗にされていました。 そこで、「お年寄りが免許を返納され、しかし愛車と別れるのが辛くって
こうして残しておられるのだ。」と鋭く推理してみました。 どうですかね。             ・


 

踏切を渡って更に歩くと、立派な石の鳥居がありました。 さらに奥には木製の大きな鳥居が見えましたので
石段を登ってみました。 社務所こそありませんでしたが、上には立派な本殿がありました。 この神社『広
田神社』はこの地域の氏神様で、『天照大神』が祭られています。 ご神体は『鏡』でした。
         ・

 

社記によれば、往古には『御衣尾山』山麓に鎮座されていましたが、『御手洗川』の改修に伴って1694年
に現在の谷に移され、1713年の火災により現在地『藤掛山』に遷座されたとありました。 『御衣山山麓
』の地は『元広田』と呼ばれ、『御旅所』として社殿の跡地が祭られています。 そして毎年9月11日の氏
神祭礼の日には『広田』神社から『御旅所』まで神楽が渡御されるとありました。 この写真は『俵神輿』、
でも相当古い。 ガラス製のショーケースの中には、どうやらこれが渡御用であるらしい立派な神輿がありま
した。 写真はありません。                                   ・


 

こうなると俄然興味が湧いてきます。 実はこの『御衣尾山』も『御旅所』も私は見ているのでした。 しか
し、『見えてはいるけど、見てはない。」というやつで、それと知って、「あゝ、ここのことだったのか。」
と気付いた次第でした。 そして気が付いたのでした。 『路上観察』は『エクササイズ』
にも、ボヤっとし
てんじゃねぇという『観察力強化』にもgood ideaだと。                  ・

さて、今日のエクササイズの結果はどうだったかというと、観察しながら結構歩いていましたので、歩数は1
万歩を超えていました。 しかしマーケットに寄ってトイレに行ったあと、ひどく疲れているのに気が付きま
した。一昨日よりは少しマシになったとは思いますが、やはり帰路はかなり厳しかった。        ・
































2月 2日



鰯を焼いて『邪気払い』

寒さの底だけれど、暦上は明日は早くも『立春』ですね。 そして今日は『節分』です。 『節分』は各季節
の始まりの日(立春、立夏、立秋、立冬)の前日で、この日には邪気が生じると信じられていました。 今で
は『立春』の前日に限って『邪気払い』の風習が残っています。                   ・

「鬼は外、福は内」と『豆撒き』をして『邪気払い』をしたお家も多かったと思います。 また『鰯』を焼い
て、その匂いで『邪気払い』をする風習もあります。 焼いた『鰯』の頭と柊の小枝をセットにして玄関先に
飾り『邪気払い』をする習慣もまずまずポピュラーなのではないでしょうか。             ・

これは私見ですが、『鰯』を食べる習慣はおそらくワードゲームだろうと思います。 『鰯』を『岩石』と読
んで、重いものを食べて鬼にさらわれないようにということではないかと思います。 因みに、山口県の一部
では『節分』に大きいものを食べるということから、給食に鯨が出るという話しも聞きました。     ・

『菩薩様』はこういう風習にこだわる人でしたので、『節分』には必ず『鰯』を焼いていました。 『豆撒き
』もしました。 私はお酒を頂くと顔が真っ赤になる質でしたので、『鬼』に扮するにはとても便利で、子供
たちも「赤鬼だ、赤鬼だ。」と喜んでいました。                          ・

私も国を想う観点からこのような古来からの風習を大切にしていきたいと思っています。 それで今夜はご近
所で頂いた『柊』の小枝を添えて『鰯』を焼いて食べました。 ただ、これが生の鰯ではなくて、『一夜干し
』なのです。 去年まではこの商品はなかったと思いますが、今年はマーケットに山のように積み上げてあり
ました。 多分煙対策として・・・うまく考えたなぁと感心しながら焼きました。           ・

 

因みにこのお皿も『枯れ木2号さん』からの頂き物です。 ちょっといい感じでしょう。        ・


















































2月 1日



一味違う

フィリピンの英会話の先生と料理の話しをしました。 「どんな料理を作るのか?」と聞くので、もちろん日
本料理が中心だけどフィリピン料理も作るよ。 『ニラガン・バボイ』はよく作るし、『シニガン・スープ』
も時々作る。」などと写真を見せながら話しました。 『ニラガン・バボイ』は一目見てそれと分かったよう
でしたので、まぁ本場の料理らしくみえたのでしょう。                       ・

そして話しが進むうち、『シシグ』を知っているか?と尋ねられました。 「いや、それは知らないなぁ。・
写真がある?」と聞くと次のような写真を見せてくれました。 『シシグ』は『アドボ』と並ぶ代表的なフィ
リピン料理で、とても美味しいのだそうです。                           ・


 

この写真を見て、ちょっと失礼なことを言ってしまいました。 It looks like a cat’
s vomit. それで暫く2人で大笑いをしたのですが、これは少々失礼なことだったと謝りました。・
これがどう見えようと、これがフィリピンの食文化ですから、他国の文化を揶揄してはいけません。   ・

それで幾つかの日本料理の写真を見せながら、「日本料理は味はもちろん、『見た目』も味のうち、それらを
一緒に味わうものなんだよ。」と説明しました。 盛り付けが美しいと食欲をそそられます。 「申し訳ない
けれど、少なくとも日本人感覚としてはこの『シシグ』には食欲を感じないな。」と正直に述べました。 ・

話しは変わります。 私は不器用な素人料理人であり、しかもただ作って食べるだけなのではありますが、そ
れでも少しでも『見た目』を美しく味わいたいと思っています。 そんな時、助けになるのが器です。 器は
サイズ、色、形の選択によって盛った料理を一層引き立ててくれます。 そのことに凝ったのが『菩薩様』で
した。                                             ・

先日の『黄昏亭』のことです。 話しがあちこち飛ぶ中で、『枯れ木2号さん』が、「母親が趣味で作った器
が沢山あるんだけど、使うこともないので処分しようかと思っているところです。」といいます。 そこで、
「もし処分するなら譲って貰えないか?」と申し出ました。 趣味で作られた物の中には、思いもよらず趣が
あるものがあるものです。                                    ・

すると、後日大鉢(大皿と言った方がいいかも)、小皿、抹茶茶碗、コーヒーカップなどを一通りご持参いた
だけました。 萩焼系統のようでした。 しかもちょっとゆがめてあるとか、布目が付けてあるとか、何れも
『ウ~ン!』と唸せるものばかりでした。 これだと料理も『一味』違ってきます。 深謝       ・

それで「これにはあれが盛りたい。」とか、「あれをアレンジてみたい。」などと考える訳です。 今日は『
片口の大皿』にスパゲッティーを盛ってみることにしました。                    ・
 
 

どうでしょう、変わり映えのしないスパゲッティーですが、何だか美味しそうにみえませんか? 早速写真を
『枯れ木2号さん』にお送りしたところ、『春がきそうですね。」と戻ってきました。 「おかげさまで。」






















































1月31日



『バレンタイン』近し

1月も終わりですね。 そして極寒の始まりになります。 今朝、今年初めて早朝の室内気温が14度まで下
がりました。 だとすると屋外の最低気温は相当下がっていたと思います。 長期予報によれば、来月の4日
~6日辺りは最低気温はマイナス、最高気温でさえ4度までしか上がらない日があるようです。 暫くはエア
コンにお休みはないですね。                                   ・

今年も2月はボランティアガイドをお休みにしています。 そして3月の中ごろからスタートすることにしま
した。 今のところ3月下旬に3件、4月に入って2件を受けています。 4月の1件はルクセンブルグの合
唱団の一行で、万博で歌った後広島にやってきます。 宮島の案内を依頼されていますが、これが総勢60名
ということらしいです。                                     ・

60人ともなれば1人では手に余ると思って、所属するガイドのクラブに応援を頼んだら、「そりゃ無理だか
らプロのガイドにお願いした方がよい。」とあっさりと断られました。 こうなれば1人でやり遂げるほかな
いですから、今から導線やら説明の内容やら使用機材などの検討を始めています。           ・

そんなことをしながら日々を過ごしておりましたが、今日久しぶりに広島の街中に出掛けました。 広島に出
る時の楽しみと言えば広島駅中、『驛麺屋』の『立ち食いうどん』です。 昼すぎに出発し、少しすいた頃を
狙って出掛けました。 あくまで『立ち食い』ですから専門店の味を期待すべきではありませんが、スープの
味は天婦羅が崩れた後に本領を発揮します。 これはなかなかだと思っています。 これで麺に少しシコシコ
感があれば申し分ありません。                                  ・


 

さて、今日の目的なのですが、『バレンタインデー』が近づいてきましたので、いつもお世話になっている妹
や従姉妹達にチョコレートを送りました。 福屋のギフトコーナーにはこのイベントのために有名菓子店がズ
ラリと並びますが、私は毎年『GODIVA』のチョコレートを送ることにしています。 今時は、ちょっと
したショッピングセンターなどでも簡単に手に入ると思いますが、値段が値段だけに、わざわざ買って食べる
となるとちょっと二の足を踏むでしょうから。                           ・


 

「それって逆じゃないの?」という話しもありますが、別に『バレンタイン』を信じている訳ではなくて、
GODIVA』の
『バレンタイン・シリーズ』が出るということ、それと平素の感謝の気持ちを伝えるいい機
会だくらいに捉えています。 もし、女性から男性にということであれば、「密かにお慕いしているあのお方
から届くと嬉しいかな。」などと思っております。                         ・
















































1月24日



枯色の中の海の見えるレストラン

そのレストランは、かつての私の『チヌ釣りのホームグランド』を見下ろす、林と畑の中にありました。 今
はまさに『枯色』の中です。 古民家の風情で、打ち水の敷石を歩いて入ると『水盤』に盆栽が乗っていたり
手水鉢にツバキの枝が無造作に活けてあったりします。 それらを自然と調和させていて、違和感を感じさせ
ない庭に面してこのレストランはありました。 なかなかいい雰囲気です。              ・

昨日の『黄昏亭』で『枯れ木2号さん』に紹介して頂いたレストランです。 奥様の古い友人が経営している
そうで、今は娘さんが取り仕切っているご様子でした。 話しの発端は、「大野に住む一人住まいの友達(カ
イロプラクター)とよくお茶を飲むのだけれど、その辺りにコーヒーの美味しい店がなくてなぁ。」という私
の呟きからでした。                                       ・

まさに『隠れ家』的な存在で、友達と2人恐る恐る部屋に入ると、既に初老のご夫婦が座っておられ、暫くし
て若いカップルが加わりました。 すぐに娘さんと思しき方が出てこられて、「予約のお客様ですか?」と聞
きます。 「いえ。」と答えると予定表でもチェックされたのか、暫くして「1時30分までならご利用頂け
ます。」と席を勧めて下さいました。                               ・


 

私たちは海の見える窓際の席に座り、「これはコーヒーだけと言う訳にはいかんなぁ。 昼も過ぎたことだし
何か食べようか。」と相談しました。 メニューをみると結構高い。 「クレジットは使えますか?」と尋ね
ると、「現金かpaypayでお願いします。」といいます。 手元不如意、友達にキャッシュありか?と確
認して食事をオーダーしました。                                 ・

頂いたのは『野菜17種、生ハム乗っけのカレーピッツア』です。 最初に前菜として17種の『野菜サラダ
』、それから『ピッツアと野菜スープ』、最後にコーヒーになりました。 部屋の隅では薪ストーブが燃えて
います。 冬の光の中を木立の影がゆっくりと流れていきました。                   


 

ゆったりとした昼下がりを楽しませていただきました。 そして、「あのコーヒーは確かに旨かったなぁ。・
ドレッシングもなかなかだったし。」などと感想を述べつゝ帰路に付いた次第でした。         ・

































月23日


               
『黄昏亭』を開店しました

今日のお客様は『枯れ木2号さん』でした。 そして食事を摂りながら、私たちの『夢物語』をどのように実
現するか話し合いました。 『夢物語』とはクラシックギター・ビギナークラスの私たち2人が無謀にも近い
うちに『2人会』をやろうという計画です。                            ・

酒の勢いもあって、「こんなことはあれこれ考えていても埒があかない。 来年の秋、何かのイベントに混ぜ
て貰って、前座として演奏しよう。」と、こまでは取り敢えず合意。 ただ、イベントの主催者が了承してく
れるかどうか、そこは『枯れ木2号さん』の交渉次第になります。                  ・

来年のこととはいえ、時はすぐ経つものです。 従って現在のお互いの『持ち歌』を勘案しながら、演奏曲目
もある程度決めておこうではないかということになりました。 ただ、困ったことに同じ教室で、同じレベル
の2人が習っているものですから『持ち歌』の殆どがダブっています。 「最後は『じゃんけん』か?」と笑
い合いましたが、まぁそこは譲り合いう他ありません。                       ・

大体の流れは、最初に『枯れ木2号さん』がヘンツェの『ノクターン』と『緑の木陰にて』を続けて2曲演奏
する。 次に私が『早春賦』、『枯れ木2号さん』がショパンの『エチュード10-3』、そして私がソルの
『月光』とここまでは比較的すんありと合意できました。                      ・

私はあと1曲『禁じられた遊び』を演奏しようと思っています。 もう1曲となると『ふるさと』か『浜辺の
歌』くらいかなぁ。 まだ楽譜を見ていないのでやれるかどうか。 『枯れ木2号さん』はリストの『愛の夢
3番』にご執心のようです。 わざわざ楽譜をお持ちいただきました。 馴染みのあるいい曲なのですが、私
には少し難しいかな。                                      ・

と、ここまで決めたからには、後はやり切るはかありません。 人生の『置き土産』として、是非とも成功さ
せたいと思っています。 『早春賦』は一応通っていますが、〆の部分がまだ不完全です。 『月光』は始め
たばかりで、しどろもどろながら通っているとはいえ、まだ肝心なメロディーが浮きたってきません。  ・

『枯れ木2号さん』は『月光』にも思いがありそうな口ぶりでした。 そうですね、取り敢えずこれで練習し
て、温かくなった頃にもう一度鳩首凝議しましょうか。                       ・

さて今日のメニューですが、今回はご飯もの、麺類を離れて『クレープ』にしました。 薄く『クレープ』を
焼き、加工肉(成形肉でない)、野菜、果物を包んで食べます。 味付けはマヨネーズにしました。 この料
理が珍しいかどうかはわかりませんが、『菩薩様』が存命のころ孫たちを喜ばせるためによく作っていた料理
でした。                                            ・


 

加工肉はハム、ベーコン、サラダチキンなど、野菜はセロリ、キュウリ、ベビーリーフ、果物はバナナ、黄桃
とミカンにしました。 まぁ、一般的な食材でしたが、シロップ漬けの黄桃とミカンには『枯れ木2号さん』
もちょっと感嘆されたようでした。                                ・


 

『クレープ』に薄切りハムを1枚乗せ、その上に桃とミカンのシロップ漬けをたっぷり乗せて食べるのが幼い
頃の『ギター弾きの孫娘』のお気に入りでした。 近々レッスンに来てくれますので、お昼にこれを食べさせ
てやろうと思っています。                                    ・

脇道にそれましたが、この料理には『赤ワイン』がとてもよく合います。 焼いては巻き、飲んでは食べるこ
と4時間足らず。 この間、『2人会』と旅の話しで終始盛り上がっておりました。          ・
















































1月16日



『ギターMINI発表会』と『訂正』

『MINI発表会』

昨夜、私が所属していた(現在は休会中の)ギター教室の先生から電話がありました。 「明日(16日)教
室で恒例の『MINI発表会』をやりますが、よかったら顔を覗けませんか。」というお誘いでした。 『枯
れ木2号さん』からも、「よかったら車に乗っていきませんか?」とお誘いがありましたので、久しぶりに皆
さんの上達ぶりを見に行ってきました。                              ・

もちろん私は演奏しませんでした。 「アレ? ギターはどうしたんですか?」などといじられましたが、以
前お話ししたように私はもう暫く演奏しない積りです。 まだまだ心が折れたままです。 先生は復帰を待っ
ておられるようですが、もう少し時間がかかるか、或いはこのまま復帰しないかまだ未定です。     ・

『枯れ木2号さん』はヘンツェの『ノクターン』と『緑の木陰にて』を演奏されました。 両方ともさして長
い曲ではありませんが、とてもロマンチックな心を揺さぶるいい曲です。 「このところいつもトップバッタ
ーなんです。」と、今回も随分緊張されたようでした。 よく分かります。 ちょっとした心の動きが演奏に
微妙に影響します。 私たち初心者にとって、この問題が常に大きく立ちはだかります。        ・

圧巻は今年の夏にドイツに留学することになっている大学生の演奏でした。 曲目は『ロッシ二アーナ1番』
(ジュリアーニ)で演奏時間約16分の大曲です。 完璧に暗譜されていて、完璧に弾き切りました。 後で
雑談をしましたが練習時間も半端ではないようです。 『この道と思い定めた』人はやはり覚悟が違います。

発表会の後で懇親会がありました。 皆さんは演奏の批評をしたりしながら、和やかに談笑しておられました
が、私は『飛び入り』でしたのでさしたる話題もなく『借りてきた猫』になっていました。       ・

 

『訂正』


訂正があります。 昨日お話しした『ベヒシュタイン』の来歴に誤りがありました。 安芸大田町にあったピ
アノが『枯れ木2号さん』のお宅に来たのではありませんでした。 フランスのピアニストが弾いていた別物
のベヒシュタインなのですが、事情があって日本人(パリ在住のピアニスト)の手に渡り、更に広島に渡って
暫く当地の音楽家に使われていたそうでした。                           ・

随分古い話しですが、その広島の音楽家が弾かなくなったあと、随分長い間旧宅で眠っていたようで、「もう
ジャンクとして処分する以外にない。」と言われていたそうです。 しかし、ある調律師が、「それでは余り
に哀れ」と思って、かなり苦労しながら何とか使えるところまでこぎつけたそうです。 そしてその調律師と
ご縁があった『枯れ木2号さん』宅に「こちらで使ってもらえないか?」とやってきたというのが正しい来歴
でした。 お詫びして訂正します。                                ・





































1月15日


『鏡開き』『コンサート』

鏡開き』

地域によっていろいろあるようですが、私の田舎では15日が『鏡開き』でした。 田圃に竹で高く櫓を組み
稲わらを巻きつけて、その『とんど』で正月飾りを焼き、また『書初め』の半紙を燃やして黒い灰になって立
ち登っていくのを見つめながら『字が上手になりますように。」と祈りました。            ・

炎が治まると『残り火』の中で餅を焼いて食べました。 『鏡餅』の一部を焼いたような気がします。 大人
達は竹を切って『鉗子』を作り、火の脇で鉗をして雑談を交わしながら旨そうに飲んでいました。 彼らにと
っては、きっとこれが一番の楽しみだったのではないかと思います。                 ・

それから家に戻ると大釜1杯の『汁粉』ができていて、茹でた『鏡餅』とともに『汁粉』を食べたことを思い
出します。 『鏡餅』の底には緑色のカビが生えていて、焼く前にこのカビを削り取りました。 15日がそ
の頃の保存の限界だったのでしょう、これで丸餅なども全て片付いてお正月の終わりを実感したものです。・

そんな昔をこもごも思い出しながら『汁粉』を作って食べました。 小豆から煮るとなると時間もかかるし、
味付けも厄介です。 それで昨日『御座候』で『粒あん』を買って帰ったのでした。 これにはちゃんと味が
付いていて、湯で溶かせば簡単に『汁粉』になります。 『無病息災』を願っていただきました。    ・


 

『コンサート』


『枯れ木2号さん』のお宅でピアノと声楽の『コンサート』がありましたので夕刻に出掛けました。 世界の
3大ピアノというのをご存知でしょうか? アメリカの『スタインウェイ』、オーストリアの『ベーゼンドル
ファー』、そしてドイツの『ベヒシュタイン』と言われています。 その『ベヒシュタイン』が『枯れ木2号
さん』宅にやってきて、その『お披露目のコンサート』でした。                   ・

このベヒシュタインは1905年製のとても古いもので、経緯ははっきりしませんが2つの大戦を経て、広島
県の安芸大田町に辿り着いたものだそうです。 このピアノが安芸大田町で発見されたことが契機となり、「
この田舎町の子供たちに本物の音楽を聴かせてあげたい。」と『安芸大田国際音楽祭』が立ち上がりました。
そのように大きな働きをしたピアノですが、歴史的に分かっていることは、一時フランスのピアニストが使っ
ていたことぐらいらしく謎に包まれています。                           ・

『枯れ木2号さん』宅には2間を抜いた『コンサートホール』があり、『ベヒシュタイン』はその一室にデ~
ンと据えられていてなかなかの存在感でした。 聞くところによると、大音響の現代ピアノとは演奏方法が違
っていて、この頃のピアノを熟知している手練れでないとなかなか弾きこなせないのだそうです。 そのため
ウイーン在住のピアニストが帰国されたようでした。 なお、この方は1800年代終盤のピアノをお持ちだ
そうでした。                                          ・

 

演奏はこのピアノによる数曲の演奏と、『枯れ木2号さん』のお嬢様のソプラノでした。 少人数に絞られて
いた聴衆はやはり音楽に関りがある方が多かったようです。 素人は私ぐらいだったかも知れません。 そし
て皆さんいい音楽と雰囲気に酔っておられたようにお見受けしました。                ・

今日の集まりは『ディナーコンサート』でもありました。 全て奥様の手料理で、極上のワインで美味しく頂
きました。 ご馳走様でした。 しかし音楽の世界は狭いものです。 本日の最長老91歳と話していて、「
それじゃあんたは高橋○さんのお父さんかね?」と聞かれて驚きました。 お互いに合唱協会で接点があった
ようです。 またピアニストとは音楽大学で授業のお手伝いをしているときに知り合ったみたいでした。 ・

やはり皆さん音楽好き、すっかり打ち解けて楽しく時を過ごすことができました。 『枯れ木2号さん』、奥
様、お招きいただいて有難うございました。                            ・






































1月14日


つわ者共の夢のあと

広島センター街のいつもの居酒屋で『三水会』の集まりがありました。 今回は正月明けのお休み(皆さんが
お休みの間に働いて皆さんの安寧を支えている人がいるのです。 かつての私のように。)を利用して故郷に
帰省した人、他の予定を見落としていて、急遽出席をキャンセルした人、山間部にお住まいで、冬場には参加
が難しい人などがいて、5人の参加に止まりました。                        ・

寂しい半面、こじんまりして話しが通りやすいメリット?もありますね。 全員が同じ話題の中にいて、あゝ
だ、こうだと賑やかに論じあいました。 話しは取り留めもなくあちこちに飛びますから、今となっては何を
話したのかさっぱり思い出せません。 もっとも、別に系統立てて話す必要もない訳で、まぁ、酒の肴になる
賑やかささえあればそれでいいのですが。                             ・

確か最初に誰かが「野菜が高い。」と切りだして、自家菜園をやっている『諧謔の君』が、「今年は何故か野
菜が育たん。」、そう言ったとところまでは覚えているのですが、その後はあやふやです。 そうそう、『○
友会』の会報を配る役目を担っているメンバーがいて、毎年暮れになると地域の会員に配るのだそうです。・
退職者の会ですからいつの間にか所在不明になる人もいて、結構な仕事になるとこぼしていました。   ・

そんな話しに『おひれ』が付き、『イジリ』が入って話しはどんどん盛り上がっていきました。 最初は『生
中』、そして更に『生中』、『芋焼酎』の湯割りに移った人、賑わっていた店内が気が付けば閑散とするまで
飲み、話し続けました。 この間の肴は・・・。 これがこの店の楽しみなのです。          ・

最初は『なまこ』、今が旬ですから最高の味わいです。 『もみじ降ろし』に『ポン酢』がとてもよく合いま
す。 しかもコリコリした食感がたまらなくいいですね。                      ・


 

それから『イカリング』の煮付けをお願いしました。 ぶつ切りにした『イカ』を醤油と少量の酒・砂糖で煮
てあります。 この醤油味が焼酎によく合います。 何の飾り気もない料理ですが、これがつい若い頃を思い
出させるのです。                                        ・


 

最後は『白肉の天婦羅』にしました。 注文を取りに来た親父が、「これが一番の人気商品だ。」と胸を張っ
ていました。 これには『塩胡椒』が一番よく合います。 「全員同じでいいよ。」と頼んだのですが、ちょ
っとしたトラブル。 『本邦完歩の君』が、「ちょっと歯が浮いていて、痛くて固いものは噛めん。」といい
ます。 そうすると、今までの肴は話しだけだった訳か。 「気が付かなくて申し訳ありません。 じゃ『豆
腐』を1つ頼みましょう。                                    ・


 

こうして気が付けば卓の上は、まさに『つわ者共の夢の跡』。 こうして飲んで、食って、話して、この歳に
なっても楽しくやれる我々は「いい身体を貰ったと親に感謝しなければな。」とこの場を閉めました。 そし
て例によって御座候で今日は『粒あん』を買って帰りました。 明日は『鏡開き』。          ・

 


































3月28日


ボランティア・ガイドが終わりました

『曇り一時雨』の予想でしたが、少し改善して午後になって一時『ほぼ感じないほどの霧雨』が降っただけで
まぁラッキーな方達でした。 今回のゲストはイスラエルからお越しの65歳のカップルでした。 この方達
とは不思議な縁?があって、実は私は昨秋にこの方達から依頼を受けていたのでした。 しかし、キャンセル
された方のお名前までは記憶していませんし、そのことはすっかり忘れていました。          ・

今回依頼をお受けして、先様のWhat’sAppのアドレスをお聞きしスマートホンに登録しようとしたと
ころ、既に同じアドレスが登録されていることに気が付きました。 そこで始めて思い付きました。 あぁ、
この人達は去年依頼してきて、キャンセルされたあの方達だったんだ。                ・

そのことを彼らに話したところ、彼らも少し驚いていた様子でしたが、「実はあの頃はとても危険な状態で時
々ミサイルが飛んできました。 楽しみにしていましたが、キャンセルしなければならないような緊迫した状
態でした。」 そしてあなたには迷惑をかけたと誤っておいででした。                ・

スケジューリングに当り、前もって希望の観光地を確認しておきました。 広島では『平和公園・資料館』『
縮景園』『広島城』、宮島では『厳島神社』『大鳥居』『大聖院』『弥山』を希望されましたが、流石に1日
では回り切れません。 そこで「それは2日間のコースです。 1日コースだと、外せない観光地は『平和公
園・資料館』と『厳島神社・大鳥居』と『大聖院』です。」と提案しご了解を頂きました。       ・

そして今回のご案内は、先ず『厳島神社・大鳥居』『大聖院』、広島に戻って『お好み焼き』『平和公園・資
料館』とご案内することになり、朝9時過ぎに広島駅にお迎えし、荷物をコインロッカーに預けてすぐに宮島
に向かいました。                                        ・

宮島で彼らが感じた印象的な事柄。 『厳島神社』のステージに立って暫く『大鳥居』を眺めていましたが、
振り返って初めて『本殿』をご覧になって『美しい』と感嘆の一言。 『大聖院』の『五百羅漢』像に興味を
示され、その上で「あの赤や黄色のキャップにはどんな意味があるのか?」と問われました。 「それは五百
羅漢の謂れとは関係ありません。 単に趣味の問題です。」 同じく『大聖院』で『観音堂地下の『戒壇巡り
』をお勧めしました。 そして出口に立って「有難う。 いい経験をさせて頂きました。」       ・

宮島をまずまず満足していただいて広島に戻りました。 宮島口での待ち時間に「この辺りでお昼にしてはど
うか。」というのを押しとどめて、「ユニークなレストランを計画しています。 暫く我慢して下さい。」と
『お好み村』に向かいました。                                  ・

今日はこの店のベストパートナー(ローテーションがあるらしい)でした。 手際もいいし、味も格別。 奥
様は『全部入りスペシャル』(シーフード全てに牡蠣をトッピング)、ご主人は『鉄平スペシャル』(肉玉に
ビーフのトッピング)と豪勢に楽しんでおられました。 奥様の食欲には驚かされました。 『全部入りスペ
シャル』を誰よりも早く平らげられました。 なかなか美味しかったとみえます。           ・

 

それから『本通り商店街』を歩いて『平和公園』に入りました。 少し時間が押していましたので『ターゲッ
トポイント』『平和の鐘』『原爆供養塔』はスキップし、メインの『碑めぐり』をした後で『原爆資料館』に
ご案内しました。                                        ・

イスラエルの周りは敵だらけ、『イラン』『イエメン』『ハマス』『ヒズボラ』こうした国や、敵対国から支
援を受けているテロ組織からミサイルやロケット弾が屡々打ち込まれる状況にあります。 どちらに正義があ
るのか、そこは分かりませんが、常に緊迫した状況にあることは理解できます。            ・

そういう国の方々ですから、『資料館』の展示にいたたまれない気持ちになられたのでしょう、僅か30分足
らずで退出されました。 そして小さく『ジェノサイド』と呟かれたのが印象的でした。 今夜は広島駅裏の
ホテルに泊まられます。 広島駅までお送りしお別れしました。                   ・













































     



3月27日



『三水会』


前回の『三水会』の後で『本邦完歩の君』からグループチャットにメッセージが入りました。 みんなでお土
産に『御座候』を買って、それぞれ家路についたのですが、その『御座候』をバスに置き忘れて降りてしまっ
たのだそうです。 そのことに気が付いて、やがて折り返してくるバスを待って事なきを得たという内容でし
た。 それでそのことを揶揄して「『老人力』が付きましたね。」と返信しておきました。       ・

そして今日の『三水会』、ある仲間が市役所に何かのお願いに行ったのだそうです。 ところが担当者が手間
取りなかなか埒があかないので、一言「『老人力』が付きましたね。」と呟いたのだそうです。 そうしたら
それを聞きつけた周囲が大笑いになり、それがたちまち市役所内で流行語になったのだそうでした。 衆人、
身に覚えのあるインパクトのある言葉をベストなタイミングで放ったのでしょう。 これはなかなかいい酒の
肴になりました。                                        ・

実は私にもまぎれもなく『老人力』がついてきました。 ボランティア・ガイドで今月31日にロンドンのご
夫妻をご案内することになっていました。 クルーズ船で早朝に入港し、夕方に出航するタイトなスケジュー
ルでしたが、それでも出来るだけ記憶に残るいい旅をして貰いたと綱渡りのような計画をたてていました。・

さて、いよいよ日にちが近づいてきましたので、行動予定を再確認しておきたいと、先ずはクルーズ船の入港
予定を港湾事務所のHPで調べました。 ところが当日『セレブリティー・ミレニアム』の入港予定がありま
せん。 「そんなぁ」と思い港湾事務所に電話で確認すると「その日にその船の入港予定はありません。」と
そっけない返事。                                        ・

慌てて先様からのメールを確認すると、日程には『May』とあります。 確かに5月31日にはその船の入
港予定があります。 それから先様に提出したスケジュール表を確認してみました。 それには同じく『Ma
y』とあります。 何の事はない『May』と『Mar』を取り違えて記憶してしまっていた訳でした。 ・

それから『平和公園・宮島世界遺産航路』の乗船予定をキャンセル、再予約して事なきをえました。 危うく
3人分の弁当を抱え、港で待ちぼうけを喰らうところでした。 こんなことを話したら、もちろん大笑いされ
ましたが、「まぁいいじゃない。 反対だったらもっと悲惨だよ。」とかまされました。        ・


ということで、今日の『三水会』はいつも通り市中心部の『居酒屋』に屯しました。 総勢は6人でしたが、
今日は珍しい方が参加されました。 『茅渟夢想氏』です。 彼とは長く一緒に釣行してきましたが、私が家
内の病気で釣りを断念した後、彼も同所への釣行を断念されました。 ちょっと危険な場所ではありました。

その後『武漢肺炎』禍があり、その後で1度お宅にお邪魔しましたが、本当に長くご無沙汰していました。・
「あそこでは100尾くらいは釣ったと思います。」というような話しも酒の肴になりました。 その話しを
私に向けられましたので、「私は1000尾は上げたと思います。」と話しました。 これは単に釣り方の違
いによるもので、彼の釣り方では数は望めませんが当れば必ず大物が上がりました。 そんな話しもいい肴に
なりました。                                          ・

「そうか、あなたは私の後任だったのか。」と奇遇を認め合った仲間がいます。 その彼が先月の『三水会』
を欠席しました。 足首を骨折したのだそうでした。 「ほんのちょっとしたことで折れてしまって、家の中
では松葉杖は使えないし、車椅子も狭いところでは使いにくいし、難儀をしました。」と話していました。・

そして今日が初外出だったようです。 電車の中で本を読んでいたら、前を彼に似た人が通り過ぎて行きまし
た。 一瞬彼ではないかと思ったのですが、どんどん後ろの方へ歩いて行きました。 「あれはあなただった
んじゃないか?」と隣に座っていた彼に話すと、それから先のような話しに発展しました。 「こんな話しを
グループチャットで話したら後で何を言われるか分かりませんからね。 それで黙っていました。」   ・

それを引き取って『茅渟夢想氏』が「私も長く参加出来ませんでした。 何を言われているか分かりませんね
。」というと、『本邦完歩の君』が「誰か気に入らん奴がいるんじゃないかと噂をしていました。」と冗談を
かまして、また皆で笑い合いました。                               ・

こんな具合で今日も和気あいあいの内に会を終えました。 私は元々余り飲める方ではありませんでしたが、
それでも確かに急に弱くなったなぁと感じます。 晩酌はほゞしなくなりましたし、こうして仲間と楽しく話
しながら飲む酒は旨いのですが、後がいけません。 暫く本屋さんで酔いをさまして帰路につきました。 ・