再びスペインはマドリードから
7月9日以来のガイドでした。 当時からすれば多少気温は下がったとはいえ、今日も随分と暑い一日でした。 今回のお客様は
何故か前回に引き続きスペインの首都マドリードから。 そうですね、何歳くらいの人達でしょう、外国の方の、特に女性の年齢
はなかなか想像が付きにくい。 30歳台前半と30歳台半ばと思しき女性の2人連れでした。 ・
お2人は早朝に京都を発って、夕方には京都に戻られます。 この間に広島と宮島を案内して欲しいという依頼でした。 何だか
京都の付け足しのように見えないこともないですが、最近はこのパターンが結構多いです。 実は案内する者にとっては、このパ
ターンが一番草臥れます。 来られる方は広島と宮島の位置関係・時間関係をご存知ないまま気軽に依頼をしてこられるのですが
限られた時間の中でいつも綱渡りになってしまいます。 ・
というのも、お出でになる方にとってはほゞ一生に一度の経験になりますから、限られた時間の中でできるだけ多くの場所をでき
るだけ感動的にお見せしたいと思いますから。 今回は広島城をスキップすることにしました。 移動時間を節約するため外観の
見学もパスしました。 縮景園では東半分を集中的にご案内し、西半分は軽く流しました。 ・
平和公園は通常は相生橋から入ります。 そうすると元安川、本川に挟まれた平和公園の全体像がはっきりします。 しかし今回
は爆心地と原爆ドームを見て頂いたあと元安橋を渡っていきなり原爆の子の像に入りました。 従って平和の時計塔、平和の鐘、
原爆供養塔はスキップ、平和の灯、原爆死没者慰霊碑に向かいました。 川越しに原爆ドームを見て頂きたかったのですが、これ
も諦めて頂くことにしました。 ・
原爆資料館では1945年8月6日、午前8時15分以前の広島中心部のパネルと被爆直後のパノラマ写真、原爆投下前後の大型
CGディスプレーを見て頂いた後は、核兵器の危険性説明パネルは10分間ご自身で、そして1階の被爆者遺品を15分程度で。
申し訳ないですが、これがギリギリでした。 そしてお好み村で食事をして頂いてタクシーで広島駅に戻りました。 この間スケ
ジュールとの差異は殆どなかったと思います。 食事の後でお二人がトイレにお立ちになった時間ももどかしく感じました。 ・
宮島までは電車もフェリーも予定通り。 そして商店街を通って大鳥居から厳島神社に向かいました。 原爆資料館の展示には相
当にショックをお受けになったようですが、こういういい景色に出会うと女性本能丸出しで、大鳥居を背景に長い髪を風になびか
せたり、あちらのアングルこちらのアングルと忙しく自撮りを楽しんでおられました。 ・
厳島神社でもしかりでした。 神社入り口ではいつものようにお浄めをしていただき、本殿前ではお賽銭を上げていただいて、神
道流のお祈りも一通り経験していただきました。 ここがメインですから少し時間にゆとりを見ていましたから暫くはあなた任せ
にしておきました。 「大鳥居の真下に行こう。」と焦るのを「まだまだ潮が高い。」と制して多宝塔経由で大聖院に向かいまし
た。 森の中というのはスペインではなかなか見られない景色だそうですから山裾を辿って山門に向かいました。 ・
大聖院の見せ場としては五百羅漢像、戒壇巡り、摩尼殿二階からの絶景を準備しています。 今回もその通りにご案内しました。
中でも五百羅漢像に興味をお持ちで様々な質問がありました。 例えば『羅漢』とは何だ?というような。 でもこの解説は少々
厄介です。 オーストラリアからやってきた宗教教師にはすんなり理解して頂けましたが、『悟り』という言葉、enlight
enmentはどうしても理解できなかったようでした。 ついでに言えば、sutraという言葉も彼女たちの辞書にはなかっ
たようで、「イスラム教のコーランのようなものだ。」と説明して理解して貰ったりしました。 ・
そして今がベスト、丁度大干潮のタイミングで大願寺方面から大鳥居下にご案内しました。 ここでも暫く自撮りを楽しんでいた
だき、五重塔まで登っていただいた後で15分間限定でショッピングを楽しんで頂いて宮島口駅にお見送りしました。 今回はこ
んな少々忙しいご案内でした。 年齢やお二人の関係には深入りをしませんでしたが、お一人は旅行狂で今までに45か国を旅し
てきたと言っていました。 「旅費が大変でしょう?」と水を向けると、「ある人は子育てに金を使う。 私は旅行に金を使う、
その違いよ。」と笑っていました。 で、お二人とも独身だそうでした。 ・
最近のボランティア・ガイド事情
さて、最近のボランティア・ガイド事情です。 現在あと3件の依頼を受けています。 次回は9月20日にイスラエルから4人
家族がお見えになります。 時間的にも今回と同じタイトなスケジュールになります。 次々回は10月21日にオーストラリア
から60歳前後のご夫婦がお見えになります。 こちらは宮島だけのご案内で、弥山登山(ケーブルカーを使います)を希望して
います。 他には歴史民族資料館や多宝塔、もみじ谷なども希望していますので少し勉強をしておかなければと思っています。・
そしてもう一つ、10月31日、11月1日の2日間の予定でシンガポールからやはり60歳前後のご夫婦がお見えになります。
こちらは今スケジュールを調整中です。 ・
下って『厳島神社』にご案内しました。 お一人は宗教の教師ですし、他の方も敬虔なJewishでしたので日本の神道にとて
も関心を持たれて、神道の祭神や仏教との違い、shrineとtempleの違いなど次々と質問されました。 そして神道の
拝礼マナーも体験され雨の厳島神社を後にしました。 ・
今夜は『岩惣旅館』でビッグディナーを計画されています。 従ってもやはタイムリミット。 最後に『大聖院』にご案内し『五
百羅漢』をご覧いただいて今日のガイドを終わるように考えていました。 ところが、『大聖院』の山門は閉ざされていました。
以前はこんなことはなかったと思うのですが、観光客が増えすぎたのでしょうか。 女性たちは諦めきれず、そっと『閂』を外し
て侵入されていました。 明日の朝早く来てみると言いながら諦めきれぬように宿に向かわれました。 ・
明日は広島をご案内することになっていましたが、急遽予定変更、早朝に京都に向かい、更に『トヨタミュージアム』を訪れるこ
とにされたようでした。 従って今回のご案内はこれでお終い。 早速例の『お好み焼き』店にキャンセルの連絡を入れておきま
した。 ・
4月 5日
ボランティアガイドが終わりました
名前で男女を区別するのは、私達日本人にとって苦手なことなのかも知れません。 最初に何度かメールのやり取りをした後で、
最終的にスケジュールを決めて写真の交換をしました。 てっきり男の方だろうと思っていたら、意外にも若い女性でした。 ま
た、どちらのお国の方かもなかなか区別がつきにくいです。 写真の女性は黒髪でしたし、いきさつもあってアジア系の方かなと
思っていたら、Polishだと言われました。 ポーランドの方には黒髪が多いのかなぁ。 どうなんでしょうね。 ・
そんなことで、今回のお客様はポーランドからお見えになった若い女性でした。 10時15分に新幹線改札口の外側で待ち合わ
せる約束でしたが、少々戸惑いました。 「あの人かなぁ。」とおぼしき女性が改札口周辺をウロウロしていましたが、風体が違
います。 メールには「ミリタリーパンツにナイスシャツ、そしてジーンズのジャケット」とありましたが、その女性のパンツは
ブルーのストレッチでしたし。 「それに荷物を預けるところはあるか?」と聞いてきていましたので、当然バックパッカーの姿
を想像していたのですが。 ・
やがてその女性は駅員さんを捕まえてしきりと何かを聞き始めました。 スマートフォンを取り出して何か見せているようです。
そこでさりげなく近づいて覗いてみると、私が送った新幹線構内の写真でした。 そこで声をかけるとむこうも私に気が付いたよ
うで、途端に安堵の表情を浮かべていました。 「パンツはミリタリーではないではないか? 何でバックパックを持ってないの
?」 挨拶の後はいきなりこんな会話から始まることになりました。 ・
駅前のカメラ屋さんでSIMカードを買って縮景園に向かいました。 その間聞いたこと。 といってもとても早口な人で、多分
流暢な英語だろうとは思うのですが、さっぱり聞き取れません。 つなぎつなぎ理解したことは、まず「ポーランドから来た。・
日本には3週間止まる。 これまでに京都、大阪、奈良を訪ねた。 これから長崎に行きたい。 それから沖縄なんだけど、飛行
機は福岡からが便利がいいか? 満開の桜が見たいけど、どこか北の地域でこれから満開を迎えるところはないか。」などなど。
結構気の向くままに歩き回る旅のようでした。 ・
若いと言っても30歳代半ばかなぁ。 仕事をしてお金をためては世界中を旅行しているようです。 行っていない所はアフリカ
くらい。 「でもいつかは行きたい。 ケープタウン、ナイロビ、モロッコ、とても魅力的。」 そんなお話しでした。 小さい
リュックサックはボロボロ、靴は擦り切れていると言っていました。 きっと長い旅を一緒に続けてきたのでしょう。 まぁ、お
父さんの年代からすると、「若い娘のこのような一人旅は大丈夫なのかなぁ。」とは思いますが、No problemと言って
いました。 若者とのgeneretion gapを感じました。 ・
『縮景園』→『広島城外周』→『お好み村』→『平和公園・資料館』とご案内し、最後に本通り商店街でお別れしました。 『お
好み村』でお好み焼きを食べて頂いたあとで商店街を通って平和公園にご案内したのですが、バックや靴屋さんに立ち寄って物色
していましたのでここで新しいものを調達しようと思ったのでしょう。 「何時ごろまで営業しているのか聞いていました。」
広島駅までお送りし、預けた荷物を受け取るのを見届けてお別れしようと思っていましたが、いきなり商店街で別れを告げられま
したので少し狼狽えて私の交通費を頂くのをすっかり忘れてしまいました。 ・
翌日になってメールが届きました。 「予定通り宮島に行った。 雨だったので『弥山』登山は諦めた。 『大聖院』の仏像が可
愛かった。 昨日は有難う、楽しい旅だった。 交通費を渡せなくてごめんなさい。 あれから商店街を歩いて、靴とパンツを買
った。 見せてあげたい。」 そんなことが綴ってありました。 ・